――俺はいつから、こんなに人のために怒る人間になったんだろうな?
フレイアが学校を休んでいるのは、おそらく借金のことでいろいろなところに顔を出しているからだろう。そんなのは当主や交渉役の仕事であってフレイアの仕事ではないとは思うが、それだけ余裕がないのかもしれない。もしかしたらフレイアの才能を担保にして、フレイアに投資してもらう形での交渉をしているかもしれない。
まあ、そんな交渉をしていたら借金の借入先がフィデル家から別のところに変わるだけだが。
借金の額はとても俺一人がどうにかなる額じゃない。フレイアの助けになってやりたいが、直接的に金銭のこととなると俺は無力だった。
俺の家に相談するか? とも考えたが、すぐにその考えも打ち払った。別に好き嫌いの話じゃない。
フレイアは俺が誰にも口外しないと信じてスピリッツ家の恥を俺に話してくれたのだ。それをいくら実家とはいえ他人に話したらフレイアからの信頼に背くことになるし、そもそも話したところで解決する問題でもない。
既に結婚して縁戚関係になっているならともかく、俺とフレイアはまだ婚約者という関係のままだ。スピリッツ家の借金をどうにかするくらいなら婚約を解消する方を選ぶだろう。うちは別に貴族の血とやらにこだわりがあるわけじゃない。少なくとも俺は家の中でそんな話を聞いたことはなかった。
それに、うちにはそこまで大量に金があるわけじゃない。両親とも庶民出身の成り上がりで先祖代々からの財産なんて無いし、領地なんかも下賜されているわけじゃない封建貴族だ。
俺の家には元からスピリッツ家の借金をどうにかするだけの力が無かった。
フレイアのために何かしてやりたいのに、何もできない焦りだけが俺の中に募っていく。スピリッツ家が自力でなんとかできるのが一番だが、フレイアの様子からしたらそれも難しそうに見えた。
……なんでこんなことになるんだ? 俺に何が起ころうが別にどうでもいいが、フレイアに不幸が降りかかるのは違うだろッ。
そりゃ、まあ……金銭的なところだけ見れば、俺と結婚するよりもルキウスと結婚した方がいいかもしれない。あいつが家業に失敗しない限りは裕福な生活は保障されてるだろうさ。
……でも、それはフレイアの気持ちを無視した結婚だ。俺との婚約の始まりがどうだったかなんて聞いてないが……少なくとも今のあいつは、俺としっかり向き合ってくれてるんだ。
フレイアの顔を思い出す。
俺以外と結婚したくないと言ってくれた時の顔を。
悔しそうに、悲しそうに、どうにもならない無力感に支配されそうになるのを必死に耐える顔だ。
フレイアは何も悪くないのに、どうしてあいつがそんな顔をしなきゃならないんだ? 間違ってるだろ。
家のために嫁ぐのが貴族の子女の役目だと言われたらそれまでだ。フィデル家だって別に、とんでもなくあくどいことをしてるわけじゃない。融資の見返りを求めるのは当然だし、貴族の血が一族に流れているのといないのとでは影響力が違う。
……それでも、やっぱり俺の感情は認められないのだ。フレイアに降りかかる現状が。
――俺はいつから、こんなに人のために怒る人間になったんだろうな?
借金返済の正確な期限を聞いたわけではないが。
おそらく日に日に迫ってきているのだろう。
ルキウスが初めてフレイアを呼び出したあの日以降、ルキウスは度々フレイアを呼び出すようになった。俺がいるとかいないとかお構いなしだ。
フレイアもフレイアでルキウスからの呼び出しを嫌がってはいるものの、事情が事情だけに無下にはできない。俺に申し訳なさそうな顔をしながらルキウスの元に歩いて行く。
そんなフレイアの後姿を見るたびに、俺の心は縄か何かでキュッと締め付けられた気分になる。フレイアの事情は知っているのだ。フレイアが好き好んでルキウスの呼び出しに答えているわけじゃないのもわかっている。
それでも目の前で別の男の背中を追いかける姿を見せられるのは、冗談を抜きにしても気分の良いものではなかった。
「おい。お前、最近なんなんだ? 俺の婚約者に対して慣れ慣れしすぎるだろ」
一度我慢できずにルキウスに突っかかったことがある。もちろん俺が事情を知ってるなんてことを感じさせないように。
自分でも驚くくらい低い声が出た。それだけ苛立っていた。
「別に、家のことで少しお話があるだけさ。最近フレイアさんの家と僕の家で少しやり取りがあってね。それの一環だよ」
俺に詰め寄られてもルキウスは涼しい顔でそう受け流してきた。そのすまし顔がますます俺を苛立たせた。
多少の弁解を口にしながらも、その態度は明らかに俺を挑発していた。俺が何度も味わってきた、高いところから出来損ないを見下ろすようなその視線。
思わず拳に力が入る。
すかさず近くにいたフレイアが俺の名前を呼んだ。
「ディッカ!」
「……別に何もしねぇよ」
怒りに任せてこいつを殴ったところで何も良いことなんて無いのは流石にわかっている。ただ沸々と湧いた怒りを拳に集めて頭に血が上らないようにしていただけだ。
「レジス家の落ちこぼれが婚約者だなんて、フレイアさんも大変だね?」
「……そんなことないわよ」
言葉を選んでそっけなく答えるフレイア。強く否定しないのはルキウスを刺激しないためか、それとも。
それからまた申し訳なさそうな顔を俺に向けて「……ごめんね」と呟いて、ルキウスと話をするためにその場を離れていくフレイア。それに対して何もできない俺。
「身の程をわきまえた方がいい。どうせすぐに婚約者ではなくなるんだから」
去り際にルキウスが俺にだけ聞こえる声で囁いた。
俺はそんなルキウスを睨みつけるだけで。
教室のやつらは遠巻きに俺たちを見つめていて。
フレイアのことで俺が何もできないということが、何をしても上手くいかなかった家での出来事よりも、周囲の期待に応えられなかったことよりも、これまでのどんなことよりも心に痛みを感じさせた。
どうにかしてやりたい。だが、どうしたらいいかわからない。
諦めたくない。そのために、どうすればいいんだ?
一人教室に残された俺の頭の中を、そんな焦燥がぐるぐると回り続けていた。
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