「……あなたには、話しておくわ」

 金融商会というのは言葉を飾らずに端的に言えば、金貸しだ。要するにフィデル家っていうのはこの国で一番デカい金貸し屋ってことだ。

 とは言え別にそこの息子であるルキウスが金貸しをやっているわけじゃない。この学校を卒業したら家業を継ぐための修業期間に入るのかもしれないが、それはまだまだ先の話だ。今のあいつは一介の学生に過ぎない。


 ……まあ、そんなあいつがフレイアに何の用があるのかは知らないが。まさかスピリッツ家が借金? ありえなくもないかもしれないが、正直言って想像がつかない。

 それに、もし仮にそうだとしてもそれはスピリッツ家とフィデル家の話であって、フレイアとルキウスの話じゃない。


 ……なんなんだよ。本当に。

 前までの俺なら、こんなこと気にも留めなかった。別にフレイアがどうなろうがとか、フレイアの家がどうとか、そんなことどうでもよかった。


 それなのに、今はフレイアがルキウスに呼び出されただけで胸の奥がざわついて、こんな余計なことを考えてしまう。

 人は変わると言えばその通りなのだろう。これがいい変化かどうかはイマイチわからないが。






 口パクで俺に伝えた通りフレイアはわりとすぐに帰ってきた。どこか疲れた様子に見えたが、何かをされたとか体調が悪いとか、そういうわけではなさそうだった。

 戻ってきた時間が休み時間の終わりだったから、俺とフレイアは特に言葉を交わすことなくそのまま授業に入った。


 それから放課後になると、俺とフレイアはいつものように教室に二人きりになった。この頃教室の連中が空気を読んでいるのか、その日の授業が終わると全員さっさと教室からいなくなるのだ。


「ごめんね」

「何がだ?」


 二人きりになった教室で開口一番、何故かフレイアが謝ってきた。フレイアには似合わない申し訳なさそうな顔をして。


「あなたと会話をしていたのに、別の男に呼び出されてそっちに付いて行ってしまって」

「何か用事があったんだろ? 仕方ないことをいちいち気にするな。俺は何とも思ってねぇよ」

「それでも……婚約者の前でする行動じゃなかったわ」


 そりゃまあ行動だけ見ればそうかもしれないが、事情があるなら話は別だろ。俺はそこまでフレイアを縛るつもりは全くない。世の中の貴族の男がどうかは知らないが。


「結局何の用事だったんだ?」

「……それは」


 フレイアが言い淀む。まあこのタイミングというか、最近のフレイアの様子から見るに家のことなのだろう。さっきは自分を納得させるためにごちゃごちゃ考えたが、冷静に考えればルキウスを通じてフィデル家からの伝言を、フレイアを通じてスピリッツ家に伝えるために呼び出した。そんなところだろう。

 それを何故フレイアとルキウスがしなければならないのだとか、学校でわざわざすることじゃねーだろとかいう考えは置いておいて。


「家のことか?」

「……」


 まあ、前と一緒だ。いくら婚約者とはいえ俺はまだスピリッツ家にとって部外者。家の中の事情を俺に話す必要はないどころか、俺に全くそんなつもりは無くても可能性として俺からスピリッツ家の内情が外に広まってしまう可能性も考えられる。おいそれと事情を話せるわけがない。

 ……と思っていたのに。


「……あなたには、話しておくわ」

「……いいのか?」


 俺の問いかけにフレイアはフルフルと首を振った。


「よくないわ。よくないけど……あなたには聞いてほしいの」

「……お前がそれで楽になるなら、話してみろ。心配すんな、俺はこう見えても口は固い方だ」

「ふふっ……そうね。私の婚約者だもんね?」


 それからフレイアはきょろきょろと周りを見渡して、俺たち二人以外に誰もいないことを確認した。それからいつもよりも小さい声で事情を話してくれた。


「えっとね――」






 フレイアの語ってくれた事情は、単純だが難しいものだった。

 公にはなっていないことだが、スピリッツ家に近い分家が立ち上げた事業が失敗して莫大な借金を負ったらしい。そのままでは分家が潰れてしまうし、事業に失敗して莫大な借金を負って潰れたとなれば本家であるスピリッツ家の名誉も傷ついてしまう。


 だからスピリッツ家は秘密裏にその分家の借金を肩代わりした。だが、流石のスピリッツ家も分家が潰れるほどの借金を一括ですぐさま支払うことはできず、そこで融資をしてもらったのがフィデル家だった。

 フィデル家は融資の代わりに条件を出してきたらしい。


「フィデルの家に貴族の血を取り入れること」


 ――つまり、フィデル家の長男であるルキウスとフレイアの結婚、という条件だ。

 だが、これにはスピリッツ家も反対した。そもそもフレイアは既に俺と婚約状態にある。それを解消することは難しい。そう主張したそうだ。


「それに、私だって嫌だったわ。あいつ外面は取り繕ってるように見えるけど、性根の卑しさが透けて見えるもの」


 だが、融資をしてもらわなければどうにもならないのも確かだった。そこでスピリッツ家はフィデル家の条件を飲みつつ、新たな条件を提示した。

 それが「期限以内に借金を返済することができればフレイアとルキウスの結婚は取りやめてもらう」こと。


「あいつら、スピリッツ家が借金を返せるはずがないって思ってるのよ。だからこの条件を飲んだの。フィデル家は国で一番の金融商会かもしれないけど、貴族じゃないから。スピリッツ家の血が欲しいのよ」

「それで、実際返せる当てはあるのか?」

「それは……」


 俺の質問にフレイアは黙り込んでしまう。聞いた限りでは借金は相当な額だ。スピリッツ家にも財産があるからゼロから用意するという話ではないにしても、残りを用意するだけでも難しいことに違いはない。

 ……俺だってそんな額は持っていない。俺が出せるもんなら出してやりたいが、現実問題それは無理だった。


「どうするんだ? それで」

「……今、いろいろなところに打診をしているところよ。でも、表沙汰にしたくないことだからって全然進まなくて」

「……そうか」


 それしか言えなかった。ただの学生の俺じゃあ、何とかなるなんて軽々しく口にできるはずがない。


「私、嫌よ……」


 そう呟いたフレイアの声は酷く震えていて。


「せっかくここまで仲良くなれたのに、あなた以外の人と結婚するなんて……!」


 俺はフレイアが落ち着けるように、その手を握ってやることしかできなかった。

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