一緒にいるのも、悪くないと思っている。

 ミーシャはこの学校では珍しい庶民の出身の生徒だった。俺とかフレイアみたいなのが通っていることからなんとなくわかるかもしれないが、基本的にこの学校は貴族や豪商、その他上流階級と呼ばれる人たちの子息が通うことが多い学校だ。

 その中で純粋に学力やその他技能の優秀さでこの学校に入学を許可されるものもいる。ミーシャはそのうちの一人で、主に服飾関係の才能を見込まれてここに通っていた。制服を改造して校則違反まっしぐらの服装をしていても許されているのは、そういう事情があった。


「で、フレイアの姉御のことってどんなことっすか? 何を悩んでたんすか!?」


 俺が思わず呟いたことを聞き逃さなかったミーシャは、嬉々として俺に詰め寄ってきた。顔を目の前まで寄せて、少し興奮した様子のミーシャ。

 ……この距離の近さとでも言うべきミーシャの行動が、この学校でミーシャが浮いている要因の一つだった。


 そもそも上流階級の子息にとって、同じ教室に庶民出身の人間がいること自体が不満なやつがそれなりにいる。それに加えてミーシャは距離が近い。今みたいに興奮してグッと詰めてくるときもあるし、同性同士ならことある毎に手を繋いだりとか肩にのしかかったりだなんてしていることもある。

 ただ、別にミーシャが特別距離を詰めてくるような人間かと言えば、別にそういうわけじゃない。市井を巡っていればわかることだが、ミーシャくらいの距離の近さの人間はそれなりにいる。


 ただ、庶民と上流階級は人との距離の取り方が違うというだけで。上流階級の人間は無暗矢鱈と人に近付いたりはしない。俺がフレイアを単車の後ろに乗せるのを渋ったように、普通は体が触れ合う距離まで近づくのは敬遠されるのだ。

 けれども残念なことに、庶民出身のミーシャはそのことがわかってなかった。この学校に入学してからも街にいる時と同じように振舞って――結果、庶民出身という要素と距離の近さという要素が合わさって、見事に教室で浮いてしまったということらしい。まあ、本人から聞かされただけの話だからどれだけ本当のことかは知らないが。


「お前に話すようなことは何もない」

「またまたぁ~! そんなこと言わずに話してくださいっすよ!」


 教室で浮いてしまったミーシャは、時々こうして授業をサボっている。俺と一緒になることなんてほとんどないが、今日はたまたま場所が被ってしまったのだろう。

 ……なんでこんな時に被るんだ。タイミングが悪すぎる。


「だいたい、前から気になってたんだが『フレイアの姉御』ってのはなんだ? なんでそんな呼び方になる」

「そんなの、大将の婚約者――つまり、お嫁さんになる人なんですから。うちらの上に立つ人ってことでしょ? だからうちらなりに敬意? ってもんを込めて姉御って呼んでるんです」

「なんだそりゃ……」


 俺とフレイアが結婚する頃には俺はこの街を出て行ってる予定だし、そもそも上に立つ云々も何を言ってんだって感じなんだが。


「あのなあ……俺とフレイアは確かに婚約者だが、別に結婚が決まったわけじゃない」


 貴族の世界で言えば婚約イコール結婚みたいなものかもしれないが、そもそも俺の家は普通の貴族とは事情が違うし、家を出て行ったら貴族ですらなくなる。

 フレイアは俺の家は関係ないみたいなことを言っていたが、実際問題そういうわけにもいかないだろう。


 俺が家を出てただの市民に成り下がった時にフレイアが俺についてくるか? 現実、そうなる可能性は低いだろ。普通に考えればフレイアの家がそれを許さない。それが貴族ってもんで、それが上流階級の人間ってもんだ。フレイアの意志なんていうのは関係ない。


「でも、フレイアの姉御のことを考えてたんすよね?」


 ――そうだな。

 頭ではいろいろ駄目な理由を考えても、結局今はフレイアのことを考えていた。それはつまり、駄目な理由を差し引いても俺がフレイアを受け入れていて……それで……一緒にいるのも、悪くないと思っている。


 そういうことなんだと思う。


「おい」

「なんすか?」

「女が行って喜ぶようなところってどういう所なんだ?」


 俺がそう質問すると、途端にミーシャの顔がにまぁっと楽しそうに歪んでいく。

 ――くっ、こいつに聞いたの失敗だったか?


 なんて俺の心情を無視してミーシャは怒涛の勢いでしゃべり始めた。


「んー、やっぱり服とか見に行ったり、装飾品とか見に行ったりとかは定番じゃないですか? 別にうちがそういうのが好きだからとかって話じゃなくて、女の子ならみんなそういうの見るの嫌じゃないと思いますよ。後は甘いものを食べに行くとか? 大将とか姉御みたいな上流階級の人間が行くような甘味処があるかどうかは知らないっすけど、街には最近広まってきた『喫茶店』っていうお茶とお菓子を味わえてゆっくり席に座れてお話しできるお店があるんすよ。そういうところでじっくり話してみるのもありなんじゃないっすか? フレイアの姉御なら『ルミナ・チェイス』の試合を見に行くのもありだったりするんじゃないですか? 強化選手に選ばれるくらい凄いんでしょ?」

「おい、一気にしゃべるな!」


 ほっといたらいくらでも喋っていそうなミーシャに恐怖を感じて、思わず口を挟む。自分から聞いておいてなんだが、流石に怒涛の勢いでしゃべられたら理解が追い付かない。

 そんな俺の様子を見てどう思ったのか。ミーシャはそれまでのにまにまとした嫌らしい笑みを変化させて、今度は優し気な笑みを作った。


「でもまあ、フレイアの姉御なら――この間みたいに、単車の後ろに乗せてあげるのが一番喜ぶんじゃないっすか?」


 なんでお前がそんなこと知ってるんだ、とか。

 そんなわけないだろ、とか。


 思うところが無いわけではなかったけれど。

 俺の腰に腕を回して、単車の振動に揺られながら笑顔ではしゃぐフレイアの顔を思い出して。


「……そうかもな」


 なんて言ってしまうくらいには、俺にとっても楽しい思い出だったのかもしれない。

 フレイアと二人で街を駆けた、あの日の出来事が。

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