「やあ、フレイア。ごきげんよう」

 人と向き合うっていうのが具体的にどうすればいいのか、今までの俺の人生経験からは正直に言ってよくわからなかった。

 思えばこれまで人に真剣に向き合ったことがなかった気がする。両親にも、使用人にも、妹にも、仲間にも。


 俺にとって他人なんていうのは、基本的には何を考えてるかわからない得体の知れない存在だ。今の仲間はそうでもないが、特に両親とか使用人とかはそれが顕著だった。

 妹なんかそもそも年端のいかないガキだ。人として向き合う向き合わない以前の問題だろう。勉強も運動も魔法もできるが、別に精神的に大人びてるとかそういうわけでもないしな。


 わからないものはどうしようもない。こんなこと仲間に聞くもんでもない。というか、恥ずかしくて聞けたもんじゃないと言った方が正解か。

 「フレイアとの向き合い方がわからないから教えてくれ」だなんて言った日にはどうなることか。想像するだけで身震いがしてくる。


 なんて考えながら学校の屋上で考え事をする。この屋上は俺が授業をサボるために使う場所の一つだ。教師の見回りも無いし、そもそも屋上は基本立ち入り禁止だから他の生徒が来ることもほとんどない。

 サボっているのに集中するっていうのもおかしな話だが、考え事に集中したいときによく利用していた。


 落下防止の金網が張られた屋上の淵に座り込み、ぼーっと校舎を眺める。ここは直方体の形をした校舎が三棟連なっているところの真ん中で、特別教室が配置されている。

 両端の校舎はそれぞれの学年の教室が学年ごとに固まって配置されていた。俺の教室も見ようと思えば見えたりする。


 ……なんだ? やっぱフレイアと話し合うっていうのが向き合うってことなのか? でも会話自体はそれなりにしているつもりだ。俺から話しかけることはほとんどないが、そんなことをしなくてもフレイアの方から話しかけてくる。

 ……いや、俺から話しかけることがないっていうのは、それはもしかしてフレイアと向き合ってないってことなんじゃないか? ずっと受け身でいるっていうのは結局家の使用人とか両親とかと接している時と同じだろ。


 人に話しかける時ってどうやって声かけるんだ? 「おい」――なんか違う気がするな。アルタにはそうやって話しかけるが、そりゃあ相手がアルタだからだ。

 「やあ、フレイア。ごきげんよう」――どこの貴族の坊ちゃんだ。確かにそんな教育を受けたことはあるが、今の俺がそんな挨拶したら気持ち悪すぎるだろ。ありえない。これだけはないな。


 「今日はいい天気ですね」――そもそもなんで敬語なんだ? 天気の話を今更フレイアにしてるのも意味わかんねぇし。

 ……俺、今まで本当に自分からフレイアに話しかけにいったことないんだな。こうして悩んでるとそれがありありと実感できる。


 そんな風に頭の中で悩みながら視線を彷徨わせてると、ふとどこからか視線を感じた気がした。

 感じた先に目を向ける。そっちの方向には俺の教室があって、窓から中身が見えて――そして視線の主が誰だったかすぐにわかった。まあ、教室から俺に視線を向けてくるやつなんて一人しかいない。


「フレイア……」


 まさに今の悩みの種、赤い髪に赤い瞳の女が何故か教室の窓から俺に視線を向けていた。授業中だろうになんでこっち見てんだよ。授業に集中しとけよな。

 フレイアの視線は少し険しくて、俺がここにいることに対して怒っているように見えた。俺が授業をサボるなんて今更だが、フレイアにとってはいまだに許せないことの一つなんだろう。サボりについてしょっちゅう小言を言われるのは今でも変わっていない。


「なんだ? こ・っ・ち・に・来・な・さ・い? 今更誰が途中参加するんだよ」


 途中から授業に参加するくらいなら始めからここでサボったりなんかしない。フレイアは俺のそういうところをまだわかってない。……いや、わかってても言わずにはいれないのかもしれないな。

 俺は……フレイアの何をわかっているのだろうか。どんなところを理解してあげられているのだろうか。


 おせっかいなところ? 世話焼きなところ? 成績が良いところ? 自分の才能を鼻にかけたりしないところ? 人当たりが良いところ? いざとなったら意外と怖気づくところ?

 どれもフレイアの一部でしかないけれど、その全部を寄せ集めてもフレイアが出来上がるなんて思えない。


 あの華奢な体にいつだって精一杯の力を込めて日々を過ごしている。毎日をなんとなく生きている俺とは大違いだ。

 ――やっぱり、フレイアと向き合うってことはまずはフレイアのことをよく知らなければいけない。それを話し合いで成すのか、それとも時間をかけて普段の生活から探っていくのか。どうしたらいいのかはまだよくわかっていないけれど。


「んー……どうしたもんか」


 いまだに何か口パクでしゃべろうとして、教師に当てられて慌てて席を立ったフレイアから視線を外して空を見上げる。

 そうしてまた一人考え事を巡らせようとしたところで、後ろから声をかけられた。


「そんなに悩んでどうしたっすか?」


 幼さが残りつつも少し霞んだような女の声。付き合いだけならフレイアよりも長い、よく見知った声だった。

 ただ、この屋上に人が来るなんて思っていなくて、それでいて一人でフレイアのことを深く考え込んでいたこともあって完全に油断していた。そのせいで自分でも本当に何も考えずに返事をしてしまって。


「ミーシャか。いや……少しフレイアのことを考えてただけだ」

「フレイアの姉御のことを!? 大将が!?」

「あ……」


 声のした方向を振り向く。この学校の制服に身を包み、しかし至る所着崩したり改造したりと校則は全く守っていない。陽の当たり方によっては銀色に見える艶のある灰色の髪と、人懐っこい青色の瞳。陽に焼けた小麦色の肌。

 数少ない俺と一緒の学校に通っている仲間の一人にして、一応のこの学校での後輩にもあたる少女。


「詳しく聞かせてください! お願いします!」


 ミーシャが目を輝かせながら失言をした俺に詰め寄ってきていた。

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