夏が来ない

葉名月 乃夜

第1話


 入道雲を見つめていた。もうずっと、空に浮かんでいる綿飴の数を数えていた。どのくらい時間が経ったかは分からない。



 あったはずの雲が消えて、無かったはずの雲が現れて。

 小さかったはずの雲が大きくなって、大きかったはずの雲が小さくなって。



 目まぐるしく変化していく空を眺めながら、私はただ、懐かしい声が響くのを待っている。


 

 20××年8月。

 夏休みの終わり。

 秘密基地と呼んでいた廃ビルの屋上。



 そこで私たち5人は指切りをした。

 来年の夏もここに集まろう。



 何の面識も無かった私たちは、不思議な巡り合わせでこの場所で出会った。それからあっという間に打ち解けて、まるで何年も前から友達だったような絆が生まれた。



 夏休みのほぼ全てを秘密基地ここで過ごした。夏の最後が訪れた、別れなければいけなかったあの寂しさは片時も忘れなかった。



 でも、また会おう、その約束が私たちを結んでくれた。来年の集いがあったから、悲しくはなかった。



 なのに。



「みんなまだかなぁ。──もう、5年も経っちゃったよ」



 私の声は藍に溶ける。込み上げる目頭の熱を飲み込んで、ひたすらに待った。5年も待った。4回の夏が過ぎた。5回目の夏を迎えた。まだ、誰もここに来ない。



「みんな忘れちゃったのかなぁ。もしくは……」



 柵に近寄って街を見下ろす。



 車道の両脇に咲く桜の木々から花びらが絶え間なく舞い散る。

 陽だまりの温もりを帯びた風が吹く。

 騒々しい蝉時雨は聞こえない。

 風鈴の姿が見えない。



 そこに在るのは、まさしく春だった。



 こうなったのは本当に最近だった。この5年間、地球温暖化に騒ぐ政府は様々な対策を打った。その中にはかなり過激なものもあり、国民の反対が絶えなかったという。それでも強引に策を進めた結果、地球温暖化の進行がほぼ停滞したような状況になった。それが4、3年前のことである。



 政府が喜んだのも束の間、強引にやり過ぎた代償が襲う。



 地球寒冷化。



 地球温暖化とは全く逆の影響を持つそれは、一瞬にしてこの地球から夏を消し去った。政府の人間は再び慌てるも、地球温暖化よりはるかに進行度の高いそれに抗う術もなく、今に至る。



 よって、8月の今、季節は以前として春である。

 

 

 そう、つまり、約束したあの季節が無くなってしまったわけで。



「もう、二度と会えないのかなぁ」



 誰に言うわけでもなく呟く。私たちの約束は、夏という季節があったあの時に置いてきてしまったのかもしれない。



 そう思いながらも、今日も私は、奇跡を信じて友を待つ。



 

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夏が来ない 葉名月 乃夜 @noya7825

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