第6話 無意識に変わりゆく私
この物語はフィクションです。
登場人物、名称などすべて架空のものです。
透き通る風が頬をやさしくなでていく。
朝日の中で目を覚ます。
私はベッドに横たわったまま窓の外を見る。
雲ひとつない十月の空。
遠くのビルの屋根越しに富士山がうっすら霞んで浮かんでいる。
ーーもうすぐ冬だなあと思う。
ベッドサイドに置かれた金のイヤリング。
普段つけることのない色味。
昨夜の事を思い出す。
沢山の人の前で抱きすくめられたタンゴ。
目立つ事が苦手で人の陰に隠れてばかりいた私だった。
でも昨夜は大勢のギャラリーなど全く目に入らなかった。
恥ずかしい気持ちがくすぐったくて思わず頬が緩む。
ーーあんなに大胆なことをしてしまった。
私は背中を走る冷たい戦慄に竦み、目をギュッと瞑る。
瞼のスクリーンに昨夜の様子が巻き戻される。
同時に胸の奥の残り火が消え残り、くすぶっているのを感じる。
羞恥心と熱情
相反する二つの感情が揺れていた。
そして、その焦げ跡が私を少し悲しくさせた。
夕べはとても楽しかった。
時間も周りも、自分さえも置き去りにしてこのままでいたいとすら思った。
でも、同時にどこか切ない気持ちに胸が泡立つ。
ーー私は一体何してるんだろう…。
夢見心地と現実の狭間。
濃密な時間を過ごしたことで彼のことを理解した気になってしまう自分を諫めながら
寝返りを打つ。
実際、彼のことは何も知らない。
でも、あの思慮深さと情熱、やさしさと、どこか人を突き放したような冷たい空気。
矛盾するそれらをいともたやすく同居させている男。
彼は本当にどんな人なのだろう?
もどかしい気持ちが心をせき立てて胸の奥をチクチクと刺す。
もはや好奇心を越えて彼を知りたい気持ちが強い。
私はベッドから出てシャワーを浴びる。
バスタオルを体に巻き付けクローゼットへ向かった。
無意識に服を選ぶ。
いつものカチッとしたそれではなく黒のニットを素肌に纏った。
ケトルを火に掛けいつもの紅茶ではなくコーヒーをチョイスする。
ホイッスルを鳴らすケトルを一旦火から下ろし少し冷ましたところでドリップする。
ほぼ無意識にいつもと違う行動をしてみる。
どこかソワソワして気持ちが落ち着かない。
少しづつ何かが変わりつつあるのを自覚しながらも、それがどこからくる感情なのか私にはわからない。
彼を知ろうとすることはまだ知らない自分を知る事になると彼女はこの時点では全く気付いてはいなかった。
to be continue…
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