旅立ちの時Ⅲ

 宮殿から港町ポートまでは石畳の道で結ばれている。

石畳の道は大きな一本からいくつも枝分かれして小さな町々へと続いており、馬車や旅人の往来が激しい。

そのためエナたちは歩道から少しはずれて草原の中を進むことにした。


季節が春という事もあって白や水色、黄色や薄桃色の小さな野花が咲き乱れている。

歩道と違い草原の道なき道はとても静かで、温かな風が草花を揺らしながら吹き去っていく音ですらはっきりと聞こえた。

空には雲一つなく、陽の光が大地を照らしている。


このように春らしい春の日だったのでエナたちは気持ちのいい旅の始まりを切り出すことができた。


 しかし心地よくて足取り軽やかと言ってもそこはそれ、距離が距離なので港町ポートまであと半分ほどのところで日が暮れてしまい、必然的に三人と一匹は野宿をすることになった。


焚火の火が夜の草原のなかパチパチと火花を散らす。


カリタスは彼女の狼であるリキが捕ってきたウサギを丁寧に捌き、半分をリキにやるともう半分を鍋に入れて香草と塩コショウ、ミルクなどで煮詰めた。


エナはデザートにと厨房からこっそり頂いた林檎を剥こうとしたのだがこれが中々どうしてうまくいかない。

少し剥いては力を入れすぎて変な方にナイフを走らせ、少し剥いては手を滑らせて林檎を落とすというのを繰り返していた。


隣で黙って自身のナイフを研いでいたスピーヌスはしまいに我慢できなくなって彼女の手から林檎を取り上げるとぼろぼろのその林檎を手際よく、綺麗に剥き直した。


「すごい!まるで捲れるべくして皮が自ら捲れていっているようだわ。」


エナはその鮮やかな手つきに目を輝かせる。

そしてあまりの違いに心の中で自分を慰めた。


—きっとスピーヌスのナイフはいいナイフだからだわ


「…。」


スピーヌスは何も言わずに剥き終わった林檎を人数分に切り分けるとウサギのシチューが盛り付けられている木の器にのせた。


仮面をつけているせいでスピーヌスの感情を読み取ることもできずエナはなんとなく気まずい気分になった。


「ありがとう…私だったらすごい時間がかかるところだった。」


はにかみながらお礼を言うエナをスピーヌスはじっと見る。

茶色の革の仮面が焚火の明かりで薄気味悪く照らされていた。

エナは思わず息を呑む。


しかしスピーヌスはやっぱり何も言うことなく彼女から顔を背けると自分の分のシチューと林檎の入ったお皿を持ち焚火から離れて明かりの届かないところへ行ってしまった。


焚火のそばにはウサギの肉を食べ終わって舌なめずりをしているリキとそんなリキにあげるためのミルクを木の椀に注いでいるカリタス、そしてスピーヌスがいなくなってもまるで金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くすエナだけが残された。


「エナさん?」


カリタスの呼びかけにエナははっと我に返る。


「あっ…はは…ごめん。ちょっとぼんやりしてた。ウサギのシチュー美味しそう、ありがとね。」


エナは一口食べるとその美味しさに思わず目を見開いた。


「美味しい!うちの厨房長が作ったものよりも格段に美味しいわ!」

「そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいです。」


カリタスは頬を染めながら笑うと照れ隠しのようにリキの大きな背中を撫でることに集中した。

エナは呼吸をする間も惜しいかのようにすごい勢いでウサギシチューを頬張っていたが突然はたっと手を止める。


「…スピーヌスは顔を見られたくないのかしら。」

「星雲騎士団ですし、もしかしたら顔に深い傷を負ってたりするのかもしれませんね。」


カリタスがくべた藁を飲み込んで焚火の火が勢いを取り戻す。


エナもカリタスもそれ以上は何も言わなかった。

これ以上の詮索は野暮だと思ったのだ。



 寝袋に入ってからもエナは先ほどのことばかり考えていた。

燃える焚火に照らされて仮面の奥に一瞬見えたあの瞳、あの瞳からエナは目が離せなかった。


寝返りを打つと、スピーヌスはまだ焚火のそばに胡坐をくんで自分の剣の手入れをしていた。オリーブオイルを塗って丁寧に羊毛で拭きあげている。

その仮面の奥に見えた瞳は今はまた見えなくなっていた。

視線に気が付きスピーヌスは手を止めてエナを見る。


「…まだ寝ないの?」


エナの言葉にスピーヌスはこくんと頷く。


「そう…あんまり無理しないでね。」


エナはそれ以上言葉が浮かび上がってこなかった。

やがて気まずさから再び寝返りを打ち体のしっくりと納まらない不快感を感じながら眠りについた。




「エナさん、エナさん。」


肩をゆすられてエナは目を覚ます。


「あっ…。」


日が東から顔を出し天高く登りだしている。


「良く寝られました?」


カリタスは寝ぼけ顔のエナを見てくすくすっと笑いながら木のコップを差し出す。


「ホットミルク、蜂蜜入りです。甘いものは大丈夫ですか?」

「うん!私甘いものには目がないの。」


ホットミルクを受け取るとエナは嬉しそうに笑う。


「エナさんがそれを飲んだら出発しましょう。…ああ!急がなくていいですよ、ゆっくりで。私もまだ荷造りが終わってないですから。」


カリタスは照れ笑いしながらぐちゃぐちゃに散らかった自分の寝袋を指さす。あんまり寝相がよくないようだ。


「ありがとう…スピーヌスは?」

「スピーヌスさんは荷造りをすまして向うで素振りをしていらっしゃいますよ。」


離れたところでスピーヌスが剣を振っているのが見えた。

非常にゆっくりとした素振りだったがその姿は美しく、洗礼されたものを剣術の素人であるエナも感じた。


「星雲騎士団副団長補佐官、か。」


エナはホットミルクを飲みながらその姿に見惚れる。


「エナさんは聞いたことありましたか?」

「スピーヌスのこと?ううん…私、実は宮殿内のことはほとんどなにもわからないの。」


いつの間にか素振りを終えて戻ってきていたスピーヌスはその言葉を聞いてピタッと立ち止まりエナを見る。


「…何?どうかした?」


その目に耐えられずエナは口を開いた。


「…。」


スピーヌスはただ黙ってエナを見つめていたが、突然ふっと目を逸らして鞄にタオルをしまいこみそれっきりちらりともエナを見なかった。


エナはこの先スピーヌスとうまくやっていけるか不安だった。

あの沈黙、まるで何かを責められているようだった。

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