悪夢Ⅵ

「バッカじゃねえの!?」


レティがサンクトゥスの頭頂部をどすどすと嘴でつつく。


「お前な、村からここまで何の説明もせずに連れ帰って来るとかどんな神経してんだよ!?そりゃあ人買いだって勘違いされるぜ!」

「あ…あの、つまり貴方たちは人買いでは…」

「ない!」


子供たちの表情が少し和らぐ―ただ一人先ほどの少年を除いて。

彼は未だに警戒を解いておらずレティやサンクトゥスを親の仇でも見るような目で睨みつけていた。


「ほら、お前の口からちゃんと説明してやれ。」


レティに促されてサンクトゥスはおずおずと口を開いた。


パトローナス大陸に伝わる七人の使徒、巨人パトローナスは魔法使いであったこと。

そのためその子孫であるこの大陸の人間は星族でないにも関わらず魔力を持っていること。

しかし時代と共に魔法の使い方―つまり魔力を外に出すその方法を忘れてきており、今大陸で魔法を使えるものは僅かになってきていること。

自分は現存する魔法使いの一人としてその状況を好ましく思っておらず、何とかして魔法が再び人々にとって身近なものへと戻ってほしいこと。

そのためには魔法の扱い方を教えれる存在が必要だということを彼はしどろもどろと話した。


「つまるところ、お前らにはここで魔法を学び、立派な魔法使いになって山を下り、人々に魔力の放出方法を教えまわってやってほしいんだ!この馬鹿の代わりにな。」

「魔法…。それっておとぎ話で出てくるやつのこと?」


子供の一人が口にした言葉にサンクトゥスは目を吊り上げる。


「魔法はおとぎ話じゃない!」


その子は怒られたような気分になって泣きだしてしまった。

子供たちの何人かは彼が声を荒げてそう言うとうずくまって自分の身を守るような体制をとった。

それは彼が殴ると思ったからというよりは習慣からきたものだった。


「だからお前はがきどもを不用意に怖がらせるんじゃない!」


ドスっと再び彼のつむじをどつく。


「すまねえな。こいつのことは大人じゃなくて子供だと思ってくれ。図体がでかいだけでちっとも中身が成長せずにこの年になっちゃったんだよ。」

「この年って僕はまだ三十手前だ。」

「あんな、こんな十代前半の子供からしたらお前はもう立派な大人で、おじさんなんだよ!」


―ガーン


サンクトゥスは頭に銅鑼で殴られたような衝撃が走りそのまま固まった。


「まあ、そういうわけでこれから俺らは一緒に暮らすことになる。だから名前を教えてくれたって構わないだろ?」


子供たちはレティの言葉にこくんと頷くと一人ずつ自己紹介を始めた。


一番年上の少女はノウェム、十四歳。魚屋の長女、黒髪をきつい一つの三つ編みにしている。女の子にしてはとてもがたいが良く、また筋肉もすごかった。


次に年上なのは十三歳のオクトーとセプテム。二人は家が隣同士で幼馴染とのこと。どちらも柔らかな栗毛の少年たちだった。


十一歳がこれまた二人セクスとクイーン。八百屋の姉妹でどちらもよく似た垂れ目の可愛らしい容姿の持ち主だった。


その下が十歳、先ほどから一切警戒を解かないあの少年だ。ぼさぼさの茶髪は油できしんで束になっている。他のどの子よりも彼はやつれており、その瞳だけが異様にぎらぎらと光っていた。彼は黙りこくっていたがオクトーたちがクラルスという彼の名前を教えてくれた。


明るい金髪を持つ少女はトレナ、昨日丁度六つになったそうだ。


そして四歳の一番最年少の二人がドゥオとウーナ、まだ幼すぎて親が自分たちを売ったという事実が理解できないらしい。どこか遠足気分の様子で一切警戒することなく無邪気な笑顔を振りまいている。


「今日はここでお泊りなの?」


楽しそうにノウェムに抱きついて訊ね、彼女を困らせていた。


 子供が九人とサンクトゥス、そしてレティが過ごすには少しこの部屋は狭すぎた。

ぎゅうぎゅうに固まっていた時はまだしも、肩の力が抜けて彼らが自由に動き出すとその狭さがますます際立った。


まだ安心しきってはいないものの部屋を物色するくらいには警戒が解れたらしい。


サンクトゥスはオクトーとセプテムに食器棚の取っ手に引っかかったままの黒いパンツを見かって馬鹿にされてしまい真っ赤になりながら小さな癇癪を一人で起していた。


セクスとクイーンはちょうど人にお節介を焼くのが好きなお年頃で散らかったままの服を一枚一枚丁寧に畳み、それを洋服ダンスの中にしまってやった。


ドゥオとウーナはようやく美味しいお茶を飲むことが許されてご満悦の様子。

お茶で回復したエネルギーをレティを追いかけまわして部屋の中を走り回ることによって発散していた。

ノウェムはドゥオとウーナを止めようと一生懸命後を追ったのだがそれは彼女たちにより一層スリリングで楽しい時間を提供することになっただけだった。


どこもかしこも喧しく、その楽しそうな騒ぎ声が家の外にも漏れていた。



「ねえ、これなあに?」


トレナが背伸びをしながら机の上に積まれた藁半紙を指さす。


「それは、あれだ。そこにいる大きな子供が書いた小説だ。」


レティはその藁半紙を一枚嘴で疲労とトレナの小さな手に渡してやる。


「しょうしぇちゅ?」


トレナは初めて聞くその言葉を一生懸命繰り返す。


「何だ、お前。小説も知らないのか?」

「うん、ねえノウェムお姉ちゃん。しょうしぇちゅって知ってる?」


トレナはその紙を走り回り疲れて寝たドゥオとウーナをに自分の羽織をかけているノウェムの元に持っていく。


「単語は聞いたことあるけど…。」


ノウェムたちの元に他の子供たちもわらわらと集まって、その紙を覗き込む。


「なんだ?変な絵みたいなのが沢山書かれてるぞ。」


セプテムが不思議そうに首を傾げる。


「それはな、文字だ。そうだな…お前らが今話している音を記号にしたものだよ。

でな、小説ってのは物語をその記号を使って書くものだ。冒険の話とか、恋の話とかをな。」

「昔、お母さんが寝る前に聞かせてくれた『魚鳥』のお話とかもある?」


セクスとクイーンが目を輝かせる。


「あ?あー、あんじゃねえかな?」

「ねえ、じゃあこれはなんて書かれてるの?」


トレナが記号の一つを指さす。


「これは『あ』だ。」


いつの間にか近くに来ていたサンクトゥスがぼそりと呟く。


「あ、あ…。」


トレナは文字を見ながら何度も発音しそれが『あ』という記号であることを覚えるとぱっと顔を上げる。


「ねえ、あたしもお話読めるようになる?」


トレナはサンクトゥスのローブをぎゅっと握った。

彼はその接触に動揺しながらこくんと頷く。


「文字を覚えればな。」

「じゃあ、もじを教えてくれる?」


目を輝かせながら自分を見る彼女の姿にサンクトゥスは一瞬言葉を詰まらせる。


「あ…ああ。」

「嬉しい!」


トレナは嬉しいという気持ちを隠すことなくぎゅっと彼に抱きついた。

サンクトゥスはどうしたらいいのかわからず、小さな重みと温かさを感じながら両手を宙でさまよわせていた。


他の子供たちも文字、というものに興味しんしんだった。


部屋の片隅でその楽し気な様子を黙って見ていたクラルスはぎゅっと汚れてぼろぼろになった自分のコートの裾を握りしめる。


―寒い


クラルスは心の中でそう小さく呟いてみた。


















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