悪夢Ⅳ

サンクトゥスは立ち上がるとレティの前に立って腕を組む。


「あっあんだよ?もう首を絞められるのはごめんだぜ。」

「お前、僕が畑仕事してしている間にさぼって本を読んでたな?」

「おいおい、言いがかりはよしてくれよ。お前が畑仕事をしている間、俺ぁ毎回お前の代わりに美味しいご飯を作ってやってんだぜ?この足を器用に使ってな!」


レティは未だに墨で真っ黒の自分の右足をサンクトゥスにむかってにぎにぎして見せる。


「ちょっと前立て続けに料理を失敗することがあったよな?煮詰めすぎ、焼きすぎ…四日ほど続いたっけ?」

「あー、んなこともあったっけ?」

「お前、僕のお気に入りのファンタジー本の一つ『緑の団地』を本棚から引っ張り出して読んでたんだろ?」

「ひっ、被害妄想だぜ!」

「いいや、さっきお前が言ったセリフ『占いも予言もあてにならないってことだぜ!未来は自分で切り開く、そうだろ?』は『緑の団地』の主人公ロンが本編の七百四十二ページ十五行目に言ったセリフと一言一句一緒だ。」

「…。」


レティは目を逸らす。


「この阿保烏!仕事をさぼりやがって!」


再びとっ捕まえようと伸ばされたサンクトゥスの手をレティは飛び立って華麗によける。


「うるせいやい!あんまりそんな些細なことでピーピー文句言うとお前の大事にしているこの本たちの背表紙に俺の足跡をつけちまうぜ!」


本棚近くを飛びながらレティは自分のインクで真っ黒な足を見せながら脅しをかける。


「くそっ、陰湿な馬鹿烏め!しゃべれなくしてやろうか。」


サンクトゥスはお湯で布巾を濡らすとそれを机の上に叩きつけた。


「早くその汚い足を拭け!」

「その前に俺にひどいことしないって誓えよな。」

「ああ、誓ってやるとも!」


サンクトゥスは苛立たし気に吐き捨てると机から離れる。


「パトローナスに誓って?」

「ああ、パトローナスに誓って。」


レティはサンクトゥスの返事にようやく満足して布巾の上に降り立った。


「まったく嫌になっちゃうぜ。極寒の中わざわざしてきてあげたのにこのざま!」


自分の右足を器用に布巾で拭きあげながらレティはぐちぐちと文句を垂れる。


「そうだ!約束の牛の肉をおくれよ。俺ぁあれが楽しみで頑張ってきたんだからな。」

「ふん、卑しいやつめ。」


サンクトゥスは棚から烏の口のサイズに合わせて乱切りされた牛肉の乗った皿を取り出すと机の上にどかっと置く。


「どもども。」


レティは綺麗になったばかりの右足で牛肉の欠片をぽいっと放り投げ、それを自分の口で器用に受け止め呑むように食べていく。


「それで?」

「それでって?」


サンクトゥスはぽけっとした顔のレティを睨む。


「何のために村の様子を見に行かせたと思ってんだ。」

「ああ~、はいはいね。」


レティは最後の一欠けらをぽいっと呑みこむ。


「こないだの地震と大雪でぼろぼろだよ。あれは口減らしに子に手を出すのも時間の問題だな。」


サンクトゥスはロッキングチェアに深く腰かかけ直し、ため息をつく。


「でもお前の考えは無謀だと俺は思うぜ。」

「……。」

「全てのものは終わっていくんだ。命も、文化も、文明も、世界もな。それをどうこうしようだなんて烏滸がましいと俺ぁ思うぜ。」

「ほっといてくれ、終わりを好ましく思わないのは人間の性だ。」

「哀れな生き物よのう。」

「その哀れな生き物から食べ物を分け与えられているお前はさらに哀れだな。」

「ふん、で?一体いつ実行するんだよ。」


サンクトゥスは自分の指をぽきぽきと鳴らす。(それは考え事をする時の彼の癖だった)


「…明日。」

「明日!?お前それはいくらなんでも早いんじゃね?こう…準備とかだって色々あるしよ。」

「明日行くと言ったら明日行くんだ。」

「金はどうするんだ?こないだ肉を買ったらもう残り少なかったじゃねえか。また物々交換で頼み込むのか?…ん?待てよ、そもそも明日村に行くなら俺羊皮紙のことで怒られる必要なかったんじゃね?」


サンクトゥスはレティを無視して本だな横にある衣装ダンスを開けると(服だけではなく他にもいろいろな物が入っている)その一番奥から小さな小箱を取り出した。

香木で作られたその小箱は表面に細かな幾何学模様が彫られ、開口となる部分はからくり式になっておりそれが鍵の役割をしていた。

サンクトゥスが人差し指を使ってそのからくりをぱぱっと解き小箱を開けると中には小さな金塊がぎゅうぎゅうに敷き詰められていた。


「家を出るとき親がくれたんだ。今まで一度も使わなかったが世のためだ、仕方ない。」


彼は小さな白い革袋に金塊を三十個ほど入れ、残りは箱の中に戻し棚の奥に慎重にしまった。


「世のため、ね。」

「何だよ。」

「いや~、変に責任感が強いと大変だなあと思っただけさ。別にパトローナス大陸の人間が魔法が使えないようになったってお前の責任でもないのによお。」

「いや、これでも僕は現存する魔法使いの中で五本指に入る人間だ。パトローナス大陸から魔法が消えたらその責任の一端は僕にある。」


レティはぶるるっと羽を震わせる。


「消えるっていうこたぁ、必要がないってことさ。」

「必要ないわけがないだろう!魔法は世界を確実に豊かにする!」


サンクトゥスは感情に任せてドゴンッとロッキングチェアの手すりを殴った。


「まあまあ、そう怒んなや。しかしお前の計画が上手くいくとは俺は思えないぜ。」

「いいや、上手くいく。パトローナス大陸の民の中から魔力がなくなったわけじゃない。ただ使い方を、その魔力の放出やコントロールの仕方が伝わってないだけだ。だからそれさえ上手く広めることができれば再び人々は魔法を使えれるようになるんだ!」

「ふーん、まあせいぜい頑張れよ。俺ぁ反対したからな。」


レティは肩をすくめるようにその羽を上に持ち上げた。


 二人はもうそれ以上何も話さなかった。

レティはサンクトゥスが一度こうと決めたらもう何を言っても無駄だというのはよくわかっていたし、サンクトゥスはレティが一度反対したらそれが成功するところを見せるまで反対し続けてくることを知っていた。

二人はまるで喧嘩でもしているかのようにお互いに背をむけて眠りについた。











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