序章
「お孫様が誕生されました!」
玉座の間に一人のメイドが走りこんできた。
高くお団子にされた彼女の赤い髪はいくつかの束になって乱れ落ち、充血した目の下には大きな隈ができている。
―限界
そんな言葉が相応しい状態の彼女だが労いの言葉がかけられることはない。
玉座に座っていた白髪混じりの青い髪と長い髭を持つ老人の目が貧相な体つきのメイドにむけられた。
その瞳のなんと不思議で、なんと美しこと!
大きな窓から差し込む光の角度で緑や水色、赤や黄色にちらちらと色を変えるオパールのような彼の瞳は見るものの心を惹きつけて吸い込んでしまう。
豊かな色彩を宿す瞳とは正反対に老人の表情は石造のように固く、彼女のその喜ばしい報告を聞いても不気味なほどなんの感情も見せなかった。
彼は立ち上がると、駆け込んできたその召使とは対照的なゆったりとした歩調で玉座の間を後にする。
老人の横に控えていた宰相であろう三十歳ほどの男(最も星族は千年ほど生きるので正しくは300歳ほどであろう)も立ちつくす哀れなメイドの横を通り過ぎて静かに彼の後を追った。
二人が向かったのは玉座の間のある一階から階段を二つ上がった三階の一番端の部屋。
美しい植物模様が彫られた白い木の扉を開けると柔らかい日の光が差し込んだ。
その光の中に召使が一人と夫婦であろう男女、そして今しがた誕生したばかりの赤ん坊の姿があった。
男が老人の息子なのだろう。
がしっとした体つきに反してどこか頼りなさそうな垂れ目はオパールのように輝き、青色の髪は短く切りそろえられていた。
赤子を抱いている女性は美しい金髪の持ち主であった。
その瞳は柔らかな緑色で、優し気でありながらも確かな強さを宿していた。
「父上、それにドロール。」
「お義父様。」
老人は扉の前から動くことなく隅で控えている召使をちらと見る。
召使は老人の合図を受け取ると扉の前で静かに一礼し、部屋を出ていった。
―パタン
扉が閉まり、召使の足音も聞こえなくなってからようやく老人は口を開いた。
「…髪は白色か。」
彼は赤子の髪色を見て眉を顰める。
「レクト、赤子の瞳は?」
老人は女の腕の中で眠っている赤ん坊に近づきその顔を覗き込みながら横で不安そうにしている息子の方をちらりと見た。
「俺たちと同じだ。」
レクトのその言葉を聞いて老人は小さくため息をつきながらそっと赤ん坊を抱き上げる。
「しかし、父上。」
レクトはその様子を見ながら言い出しにくそうに口を開いた。
「なんだ?」
「…これを。」
レクトは握りしめていた右手をゆっくりと開き、その手の中で温かくなったビー玉ほどの大きさのオパールを見せる。
老人はそこに刻まれた文字を見て再び眉を顰めた。
「これは…」
ドロールと呼ばれた薄い水色の髪を持つ宰相もそのオパールに刻まれた文字を見て驚愕し青ざめる。
「…どうするおつもりですか?」
ドロールは答えを求めるように老人を見た。
老人は目を覚まし自分にむかって無邪気に手を伸ばしてくる赤子の目を静かに見つめる。
誰もが息をひそめて老人の言葉を待った。
長い沈黙の後(いや、本当はたったの一瞬のことだったのかもしれないが、そこにいた人々には途方もなく長く感じたのだ)老人はゆっくりと口を開いた。
「…名は隠せばいい話だ。髪も白くて良い。大事なのはこの瞳、イニティウムの子孫である証の、この瞳なのだ。」
老人の言葉は裁判官が死刑判決を下したときのように冷たく響き、春を迎えようとする部屋の空気を震わした。
女は拭いきれない不安に緑の瞳を揺らしながら窓の外を見つめる。
フクジュソウの花が冷たい雪を払いのけて顔を出し、温かな光を受けていた。
レクトは以前よりもさらに細くなった自分の妻の姿に胸を締め付けられるような気持ちになりながらベッドに腰かけ、その華奢な肩を優しく抱いた。
「大丈夫、俺が守るよ。あの子たちのことも君のことも。」
妻を安心させようと口にしたこの重い約束は果たされることなく、そんな約束があったという事自体忘れさられてしまうなど彼はまだ知る由もなかった。
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