魔の森Ⅱ
あれから魔物と対峙することがなかったのは本当に幸運だったと思う。(カリタスは自分が今朝がた取り出した魔除けの香のおかげだと自慢げに主張していた)
魔物には対峙していない、なのにエナの気持ちは晴れなかった。
理由はわかっている。
エナたちを探し出そうとしていた森を蠢くあの存在が先ほど対峙した魔物たちではないと本能が告げていたからだ。
そしてそれはきっと私たちを見つけてしまったんだろう。
今、森は恐ろしいほどに静かだった。
カリタスもどこかでそのことに感づいているに違いない。
その静けさに自分の意識がむかないようにと一秒たりとも口を閉じることなく話し続けていた。
「私、魔除けの香には絶対ナツメ草と秋風草をオークの鼻くそで混ぜるべきだと思ってたんです。お母さんからは認めてもらえませんでしたが。」
「オークの鼻くそ…。よくそんなの手に入れられたね。」
ふっとお世話になったオークのカリゴが頭をよぎる。
「カリタス、まさか船の地面はいつくばって鼻くそ集めとかしてないよね?」
「いやですね、一緒に船酔いで寝込んでたじゃないですか。…でもなるほど、カリゴさんに頼めば安上がりですよね。」
「実践しようとしないでくれるかな。」
カリタスは薬関係のことになると突然常識というネジが吹き飛ぶみたいだ。
しばらくして突然、針葉樹の先に灰色の雪野原が見えた。
「待って、あれ出口じゃない?」
「私たちようやくこの魔の森を抜け出せるんですね!」
カリタスとエナは感動して思わず駆けだす。
「ばっ…て。」
後ろからスピーヌスの止める声がしたがエナたちの足は止まらない。
だってすぐそこに出口が見えているのだ。
止まる理由がない。
あと二十メートル
—十五メートル
—十メートル
ドゴゴゴゴゴゴゴン!!!!
森の出口まであとほんの少しの所で突如上から何かが降ってきて、エナたちはその衝撃により吹き飛ばされた。
「いっててて…。」
強く打ち付けたお尻をさすりながら目をむけるとそれは岩が沢山集まって巨人のような形をしていた。
ちょうど目や口の部分がぽっかりと穴が開いていてそれがまた何とも言えず気持ち悪い。
リキが唸り声をあげて威嚇する。
「…ねえ、魔除けのお香なんじゃないの?」
「うーん、やっぱりオークの鼻くそじゃなくて唾液にしとけばよかったですかね。」
「私にはその違いがなんなのかさっぱりわからないけどね。」
岩の怪物―エナは勝手に岩ゴンと名付けた。
岩ゴンの右腕がふたりにむかって振り下ろされる。
ズゴゴゴン!!!
立っているのが精いっぱい—すごい振動だ。
まともに食らったら一発で死んでしまう。
リキがカリタスの横から飛び出して岩ゴンの岩の一つに噛みつくがすぐに振り落とされてしまった。
—ズザッ
リキの体が地面に強く打ち付けられた。
「リキ、いいから下がっててください!」
再び立ち上がり岩ゴンにとびかかろうとするリキをカリタスが悲鳴に近い声で制すと彼は不服そうに唸りながら下がった。
—ゴゴゴゴゴ
岩ゴンは腕をゆっくり戻す―その動きはのろい。
—この程度のスピードなら見切れる。
エナは再び振り下ろされた岩ゴンの右腕をよけるとその腕にナイフを突き刺した。
カキン—
ナイフが岩の体にあたって跳ね返る。
「だめだ…岩だから攻撃が効かない。岩も斬れるナイフだったら良かったんだけど…。」
「というか、そもそもあいつは魔物なんですか?それとも化け物なんですか?」
「さあ…さっぱり見分けがつかないわ…。」
再び左腕が振り下ろされる。
ズゴゴゴン……ゴゴゴゴゴ
「これじゃあ攻撃は避けれても相手にダメージを与えられることはできませんよ!」
エナは助けを求めるようにスピーヌスを見る。
しかしすぐに、助けてくれなさそうなことを悟った。
彼女は少し離れたところで腕を組みながら様子を見ている。
エナは文句を言ってやりたいところだった。貴方は私の護衛じゃないの、と。
「攻撃は避けられても…ん?あっ…なんなら逃げちゃいますか?」
「確かに…いい案かも。無理に倒す必要もないもんね。」
カリタスとエナは岩ゴンから距離をとると一気に横を駆け抜けようとした。
「ちょっ、待って。」
エナは慌ててカリタスを止める。
岩ゴンの体が突然がたがたと分解されていくと再び集まってドリルのような形に変わった。
ギュルルルルルルル…
すごいスピードで回転しだした岩ゴンを見て二人は青ざめる。
「やだ…スピードアップじゃん。」
「これは、あれですね。あの…積んだってやつ。」
「縁起でもないこと言わないでよ。…でも今のでわかった。あいつは化け物じゃなくて魔物よ。今一瞬ばらばらになった時魔力の核が岩ゴンの中央部分に入っていくのが見えたの。」
「ますます終わってるじゃないですか!だって魔法攻撃が不可能なんですもん。」
ガギャギャギャギャギャ…
大地を削りながら岩ゴンは猛スピードで二人にむかっかてきた。
「うわっ…。」
一度目は避けれたものの二度目は避けきれなかった。右腕がコートもろとも引き裂かれる。
「っ…。」
エナは痛みで顔をしかめた。岩ゴンは向きを変えると今度は反対側に避けたカリタスにむかって突進する。
「危ない!」
エナは反射的に自分の短刀を岩ゴンの中央部分にむかって投げつけた。
エナのその行動にスピーヌスの目が光る。
カキン…
見事に跳ね返って明後日の方向に飛んでいった。
でもエナとしては満足だった。自分の方に岩ゴンの注意を惹きつけることができたからだ。
ガガガ…
猛スピードでこちらに向かってくる岩ゴン。エナはその殺気とスピードに圧倒されて思わず目を閉じた。
グサ…
いつまでたってもやってこない痛みにエナはどうしたものかと薄目を開けて様子を窺う。
すると、丁度スピーヌスが岩ゴンの岩と岩の合間から剣を入れて魔力の核を突き刺したところだった。
サアア…
あまりに呆気ない終わりだった。
あれだけ大きな存在がまるで夢だったとでも言うかのように風化していく。
その灰が舞い上がっていく様子を静かに見上げているスピーヌスにエナはそっと近づいた。
「…ありがとう。」
エナは自分の手を強く握りしめる。
本当はお礼なんて言いたくなかった。
最初から助けてくれればこんなに手間取ることはなかったのにとどうしても思ってしまう。
エナはスピーヌスが何を考えているのかさっぱりわからなかった。
でもこれだけはわかった。
—スピーヌスは自分のことを嫌っている
スピーヌスはエナの方を見ることなく剣を鞘に戻し、一人先に進んだ。
エナはその後ろ姿を見ながら自分の唇を噛みしめる。
その時、エナの奥で何かが動く音がした。
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