ちょっとした魔法使い

おんもんしげる

ちょっとした魔法使い


「……あたしってさ、魔法使いなんだよ?」

 

 帰りの電車の中、雪乃が唐突にぼくに言った。

 いきなりなにを言い出すんだ、コイツは。

 

 学校の帰り途、いつも雪乃と最寄りの駅まで歩き、いっしょの電車に乗って、別々の駅で降りる。

 それがいつの間にか習慣になっていた。

 雪乃とぼくは家が隣町で、駅もひとつしかちがわない。

 帰りから言うと、ぼくのほうが手前の駅だ。

 だから帰りは、ぼくが先に降りて、雪乃がそのまま電車に乗ることになる。

 

 電車を降りたぼくを見送る彼女の表情がいつもさみしそうで、ぼくは降りるのをためらう気持ちになる。

 いっそ、彼女といっしょに次の駅まで行ってしまおうか。

 

「翔くん、電車降りるときいつもすっごいさみしそうな顔するんだもん。

 なんかかわいそうでさ。

 だから、あたしが魔法をかけてあげることにした!」

 

 電車のドアの脇に寄りかかりながら、雪乃はきっぱりした表情でぼくを見つめて決意したようにそう言う。

 ぼくは雪乃の言うことを訝しく思い、尋ねた。

 

「どんな魔法だよ?」


 ぼくがそう訊いた途端、雪乃はおかしくて笑いそうになるのを必死にこらえるような様子で顔をしかめながら言った。


「あたしが、翔くんといっしょの駅で降りられるようにする魔法!」


 ぼくは吹き出した。

 

「なんだ、それ?」


「二人ともいっしょの駅で降りて、あたしは翔くんとできるだけ長くいっしょに歩く。

 で、そこから歩いてあたしはうちに帰る!」

 

「どこが魔法だよ!」


 ぼくと雪乃は、ともに大笑いした。

 雪乃の顔が赤いのは笑い過ぎてなのか、恥ずかしいのが混じっているのか。

 きっとぼくの顔も同じような感じだろう。


「ほら、もうすぐ魔法がかかる時間だよ!」


 雪乃が呪文をかけた。

 そう、電車がぼくの最寄りの駅のホームにさしかかる。

 でも、ぼくはこの駅で降りない。

 確かに魔法だ。


 雪乃が手を差し出した。

 ぼくはそっと、その手を握る。

 魔法使いの手は小さくて、白くて細いきれいな指だ。

 でも、その手が魔法をかけると、きっとなんでも可能になる。


 そんなふうに、ぼくには思えてきた。

 まだ恥じらうようにぼくを見つめる雪乃の手を握りながら、ぼくはささやくように彼女に言った。


「……ほんとだ。

 魔法、かかったな」


 くすっ、と雪乃が笑う。


 電車の発車を知らせるブザーが鳴り終わり、ドアが閉まる。

 二人はそのまま電車に乗って、駅を離れていく。


「よかった……魔法が効いて……」


「そうだな」


 雪乃とぼくがいままでより、ちょっとだけ近づいた。

 

 きみはほんとに魔法使いだ。

 そう、ちょっとした魔法使い……。 

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