第六部 征伐

一 

 天正三年三月、小田原城に武田家からの使いの者が到着する。その男の名は穴山梅雪だ。オレはこの男あまり好きではない。穴山梅雪が来たということでオレは風魔の里で仮病を決め込む。そんなオレを向かいにきた親方こたろうは眉をひそめる。


「小次郎、童じゃないんだ。会うだけ会ってやれ」


オレは布団を頭からかぶる。


「うむ、困ったな。代わりに上忍三人を行かせるか……」


親方こたろうは諦めて小田原城に向かっていった。


上忍三人でオレの代わりなんてなるもんか。


上忍三人?

まさかね⋯⋯。


 武田軍は奥平の裏切りを知り、長篠城へと大軍を率いて攻め込んでいく。ゆきなは早手、井出、雲切の三人の上忍と一緒に長篠城へと向かう武田軍に従軍していた。早手は小次郎が来るとゆきなを騙して従軍させたのである。戦場では、いや戦場だけは火炎のゆきなの独壇場なのだ。


「ちょっと早手っち、あたしの小次郎は本当に来るんだろうね」


断じてお前の小次郎ではない!


「小次郎様は越後に急用があるということで越後の上杉様のところに行きましたので……」


「はあ? 早手っち、昨日は佐竹って言ってたでしょ」


「いえいえ、昨日も上杉様と申し上げました」


ゆきなは首をひねり、枝毛を気にして毛先を見ている。


そんなに枝毛が気になるなら火炎なんか使わなきゃいいのに……。


 オレは今、伊賀に向かって歩いている。もちろん、道舟の手先の小助と会うためだ小助は伊賀の抜け忍と言っていたが敵の言葉を真に受けるほどオレも馬鹿ではない。いや、馬鹿であるのは間違いないが……。


「おい、ここからは伊賀の里だぞ。何しに来た?」


凄いべっぴんさんのくノ一に声をかけられた。


くノ一にしておくのは勿体ないくらい……。いや、くノ一だからべっぴんさんなのかも。


「某は風魔小次郎と申す。小助殿とお会いするためにここに参った」


「ああ、抜け忍の小助ね。あんたも何かやられたのか?」


オレが頷くと憐れむような顔でくノ一はオレを里の中に招き入れた。


抜け忍なのに伊賀の里にいるってどういうこと?


「わたしはナオ。よろしくね」


「ああ、ナオど……」


オレの言葉を聞かずに、ナオは言葉を続ける。


「風魔小次郎って風魔の疾風だよね。そんな忍びが小助に何されたの?」


「何されているのかを訊きにきたんだよ」


ナオは両手を横に広げて首を横に振る。


ん?


「ナオ殿も転生者でござるか?」


オレの言葉にナオは足を止める。明らかにオレを警戒している。


「どっちだ?」


ナオの問いにオレは首を傾げる。


「道舟様か雪舟のどっちについている?」


「ああ、どっちにもついていないよ」


オレの言葉にナオは苛立つ。


「どっちつかずで転生できるわけねえだろ!」


「そいつは道舟様についていたが破門されたんだよ」


ナオの言葉を聞きつけて小助が現れた。


「破門?」


ナオは小助に訊く。


「そいつは愚かにも道舟様に歯向かったんだよ。己を神と称してね。雪舟と一緒だな」


小助がナオに状況を説明する。


神と称した?

オレが?

雪舟と一緒?


もう、ハテナマークばかりだ。


「小助、抜け忍ではないのか?」


「某は伊賀の抜け忍の小助だ」


オレの問いにに小助が答えると、ナオがニヤニヤ笑いながらオレの耳元で囁く。


「間抜けな忍びだから、わたしが命名してやったんだよ。ナイショだよ」


ハイ、出た。

性悪女のいじめっ子!


残念ながらオレは前世の頃からイジメを見逃すほど空気を読める人間ではない。


「お前みたいな性悪女にはこれだ!」


オレが白光眼を開くとナオはバタリと倒れる。


「こ、小次郎、ナオに何してんだ!」


小助がオレの胸ぐらを掴んできた。


また、やっちまった。

敵である小助になんか塩送ってどうすんだ!


「小助、なんでこの状態で自由に動ける?」


「フフ、知りたいか?」


なんか⋯⋯どうでもよくなってきた。


「知りたいか。小次郎」


オレが黙り込んでいると勝手に小助は語りだす。


「某は道舟様から見出された傑物なんだ。だから、お主の幻術など効かんのだよ。ハハハ、ゲホゲホ」


オレがナオに目を向けるとナオはしたり顔だ。


「なっ!」


何がなっだ。

イジメっ子め。

でも、こういうことか。


「傑物様にお聞きしたいのですが、先日ゆきなが三方ヶ原で死んだのですが……」


オレの態度がよほど気に入ったのだろう。小助はさらに語る。


「ゆきなが蘇生したのは小次郎、お主が神だからだよ」


はあ?


「神ってなんだよ。オレは自分が神なんて言ってないぞ」


オレが小助を問い詰めるが小助は笑うばかり。すると、ナオが口を挟んできた。


「小助がそういう風に笑うのは何も知らない時だよ」


ナオの言葉に小助はギクリとする。


「そ、そ、そんなことねえぞ」


図星のようだ!


「じゃあ、そう言う君は神の意味を知っているのかい」


オレはナオに訊く。


「最初に神を名乗ったのは雪舟だよ。道舟様の恩義も忘れて神と名乗って道舟様と敵対したらしい。その報復で両目を失明させられたらしいよ。今の雪舟は昔の雪舟とは比べものにならないくらい力が衰えているみたいだよ」


「報復って誰に?」


「ヴィルヘルムらしいよ」


ヴィル?

ヴィルと雪舟は仲間じゃないのか?


ナオの答えにオレは首を傾げる。


「ナオ、その話を誰から聞いた?」


「道舟様だよ」


「道舟様が嘘ついているってことはないのか?」


「はぁ、あんたバカ! 道舟様が嘘つくわけないじゃん」


なるほど。

新手の新興宗教ってことか……。

めんどくせえな。


「そうか……。わかった。敵だった雪舟とヴィルヘルムはいつからつるんでいるだ」


オレがナオに訊くと、小助が口を挟んできた。


「雪舟とヴィルは最初からだよ。道舟様のところにいた頃から仲がよかったと道舟様から聞いている。道舟様の目を欺くためって聞いてるぞ」


「小助も転生者なのか?」


オレの問いにナオが答える。


「小助が転生者? そんなわけないだろ。こんな間抜けが」


あっ、言っちゃった。

本人の前で言っちゃったよ。


小助はナオの言葉に怒るかと思ったら、なんだ?

妙に機嫌がいい。


「いやあ、そんなに褒めるなよ」


どうゆうこと?


オレは白光眼を閉じ、ナオを自由にする。


「うー、ビックリした。そういうのはしまっておいたほうがいいよ。そのうち長老たちが大挙して押し寄せるよ」


「構わねえよ。その時はもう一度白光眼を開くまでだ」


「びゃくこうがん? 魔眼とかの類?」


ナオがからかってくる。そんなことをやっていると伊賀者が大挙してやってきた。

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