五 

「じゃあ、行ってくる。お留守番頼むね」


オレは井出にそう言い残して信長のもとに向かう。


かつての疾風ならば目のいい兵士なら見つけられたかもしれないが、今のオレの疾風では目がいいくらいでは見つけられないだろう。


オレは一気に中央突破で墨俣川の上空を飛び越えていく。


信長クンみっけ!


オレは忍び刀を抜いて、織田信長に向けて斬撃を放った。


「風魔忍術 疾風剣!」


こいつも今までとは比較にならないくらいの威力と速度。一気に信長の身体を切り裂いていく。


信長の身体から激しい血しぶきがあがり、あたりに血の匂いが充満する。


そして、オレの目の前はグニャリと歪んだ。


そう、グニャリと歪んだだけ。


織田軍の本陣は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


どうやらここにヴィルはいないらしい。

リセットしねえんならやっちまえ!


グニャリと目の前が歪む。関係ない。本陣目掛けて疾風剣を連発。

また、グニャリと目の前が歪むがなにも変わらない。織田軍本隊を壊滅させてこの戦いは終わった。


ヴィルはどこに行った?


オレがそう思っていると、井出率いる本隊が渡河してきた。


「さすがにございます。小次郎様。敵本陣を一人で壊滅させるなんて……」


そう言う井出の手には忍び刀が握られていた。


「だからね。小次郎くん、歴史変えられちゃ困るんだよねって言ったでしょ」


井出の顔はヴィルの顔に変わっていた。


「リセット!」


オレの目の前がグニャリと歪んだ。


 永禄九年十月、オレは風魔の里で目覚めた。枕もとにはゆきながいた。


「おはよう。あたしもさっき目覚めたところ……」


オレは呆然とゆきなを見つめる。荘介がいないことを実感した。自分の半身を失ったかのような喪失感がオレを支配する。


「そ、そ、荘介がな……」


「そうすけって?」


オレの言葉にゆきなは戸惑う。


「荘介だよ。あれっ? ゆきなは会ったことなかったっけ」


ゆきなは不思議そうな顔をする。


オレはゆきなと一緒に親方こたろうに会いに隠れ家へと向かった。そこには早手が先客としていた。


「小次郎か……。もういいのか?」


親方こたろうがオレを気遣ってくれた。


「早手、稲葉山城へと向かってくれ。荘介がいない以上お前が頼りだ」


オレがそう言うと一同が不思議な顔をする。


「そうすけとは?」


親方こたろうの言葉にオレは言葉を失う。


「親方様、小次郎様は長き眠りにより記憶が混濁しているものと……」


早手はそこまで言って言葉を飲んだ。


「なるほどそういうことか……」


オレはそう言って風魔の里を出て美濃を目指して歩いていった。


 オレは失意のうちに井口に到着する。宿屋に入って一眠りする。しばらくすると部屋の壁に小石が当たる音がする。ゆっくり外を覗いてみるといつぞやの爺さんがにっこり笑っている。オレは急ぎ宿屋の外に出ていく。


「爺さん、この辺でいいオンナは見なかったかい」


オレがそう訊くと爺さんは答えた。


「この辺じゃ見かけないねえ。一乗谷あたりでは見かけたがねえ」


ん、一乗谷?

このタイミングで?


「爺さんありがとな」


爺さんは小さく手を振ってから歩き出した。


このタイミングで一乗谷。

朝倉か……。

なんだ?

わかんねえよ。


誰か瓦版ウィキペディアを作って!


 オレは急ぎ越前一乗谷を目指す。まったく見当がつかない。このタイミングで越前などオレの記憶の中では歴史上の出来事は皆無。やがて、越前一乗谷に入っていった。


とりあえず一乗谷城にでも潜入するか……。


一乗谷城に潜入すると見覚えのある顔に出くわす。


「覚慶様、このようなところで……」


オレが言うと覚慶は驚き、オレを物陰に導く。


「小次郎ではないか。お主こそどうしてここに?」


「某は忍びでございます。ここにいても不思議ではございませんが、覚慶様がここにいるのは某には見当がつきませぬ」


「まあそう言うな。お主、去年の政変は存じていないのか?」


「去年の政変? と申しますと」


「お主らしくもない。三好三人衆による将軍暗殺だ」


「足利義輝様が……」


オレは言葉を失った。


「小次郎、余はと名乗っている。そなたに余をと呼ぶことを許すぞ」


「承知しました。足利義昭様」


「うむ、今は朝倉に頼っておる。どうする?」


「どうするとは?」


足利義昭の言葉にオレは戸惑う。


「朝倉に会ってみるかと言っておるのだ」


オレはしばらく考えてから足利義昭に答えた。


「まだ、朝倉様と会うのは早いような気がします。今回は足利義昭様のご尊顔を拝せただけでよしとして任務に戻ります」


「任務?」


「織田信長の暗殺にございます」


オレの言葉に足利義昭は言葉を失う。


だろうな。

これから頼ることになる信長を暗殺するって言ってるんだから……。


「あまり無理するなよ。そなたと余の間柄ゆえいくらでも手を貸すぞ」


「そのお言葉だけで十分です。それでは急ぎます故」


オレがそう言うと足利義昭は右手をあげてこう言った。


「頼むぞ。小次郎……」


 オレは越前から美濃へと向かい歩いていく。夕刻、ちょうど油坂峠を通り過ぎた頃、オレは自分の目を疑った。白く光る村がオレの目の前にあるのである。現代の大都会ならいざ知らず、この戦国の世で、しかもこんな山奥の村でネオン街でもあるまいし……。


オレは村の中に入っていく。どこかで見たことがあるような……。夕刻とはいえ、人っ子一人いない村、しかも白く光っている。オレは導かれるように村の奥にある寺に向かって歩いていく。


オレはこの寺を知っている。

覚えてはいないが何度か訪れている。


オレは寺の中に入り辺りを見渡す。


「旅人よ……」


オレのこと?


「そうだ。そなただよ」


オレ……、今口に出していたか?


「こちらも口には出していないがな。面白い男だ。このやり取り何度やるつもりかい」


オレが黙り込んでいると、そいつは言葉を続ける。


「それで旅人よ。こたえは見つかったか?」


「こたえ?」


オレがそう言うと、そいつは笑ってこう言った。まあ、笑ったかどうかなど見えない相手にはわからんがおそらく笑ったのだろう。


「まだだな。もう少し続けよ。旅人よ……」


そいつがそう言うとオレの意識は消えていった。


ここは?

ああ、また夢か⋯⋯。


目の前には青鬼がいる。鬼気迫る形相でこちらを睨みつけてくる。


「お前、我らがいつまでもお前に黙って従っているとは思うなよ。覚えてろ!」


青鬼は捨て台詞を言い放ちこちらに背を向けてのっそのっそと歩いていく。


 オレが目覚めた時、見知らぬ老婆が居眠りをしている。起こさぬように静かに忍び足で床を出た。間違いない。あの寺だ。


「ようやく起きなさったか……」


オレが振り向くと年老いた僧侶がニコニコしている。


「世話をかけたようですね」


「いや、本当によかった。本堂で倒れていたお前さんを見つけて以来、まったく目覚めなかったからのお……」


「まったく?」


「そうじゃ。三年以上もだよ。身体は健康なのに何故か目覚めん。みんなして諦めかけておったのじゃがな。本当によかった」


「三年以上も?」


「そうじゃ。今は永禄十三年三月じゃ……」


永禄十三年三月?

なんだろう。

この感覚。

何か大事なことを忘れているような気がする。


オレは僧侶や村の人々に礼を言って小田原へと向かって歩いていた。

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