八 

 オレは駿府の領国経営に着手する。戦国大名と言っても駿府しか領国がないのだから、たかが知れている。しかも、全部早手に丸投げなのだ。暇と言えば暇なのである。そんな折にあの男が駿府の屋敷にやってきたのである。


「おう、穴山殿か……」


オレは武田家の遣いに声を掛ける。


そう、駿府といえば天下の裏切り者、穴山梅雪の登場である。


「橘様にはおかわりがなく祝着至極に存じまする」


「まあ、そういうのはいい。それで用件は武田のオヤジのことだろ。さすがに躑躅ヶ崎館に帰すのは無理だぞ。処刑しないだけありがたいと思えと伝えろ」


「本日はその件ではございません」


「ほう、武田殿がそれ以外で某に用があると……」


オレがそう言うと、早手が預かった書状をオレに渡してきながら言った。


「盟約の打診のようで……」


オレはその書状を一通り読んだ。


「意味がわからん」


オレは書状を穴山梅雪に投げつけ言い放った。要は従属せよということである。


「おい、こんな破廉恥な書状をよくオレに渡す気になったな」


オレは早手を睨めつける。


「悪い話ではないかと⋯⋯」


早手が言い訳がましいことをオレに言ってくる。


「とにかくだ。なんでオレが武田に従属せにゃあかん。そう、武田晴信に伝えよ」


オレは穴山梅雪を睨みつけその場を立った。


「本当に追い返してよかったのでしょうか……」


早手が不安そうにオレに言ってきた。まだまだ、おこちゃまである。


「返答がどちらでも攻めてくるだろうね。海がほしい武田にとっては越後に攻め込むか駿河遠江に攻め込むかの二択だからね。越後が無理な以上、駿河か遠江。そこで駿府がガラ空きになったんだ。オレなら絶対駿府に攻め込むよ」


「そんなものでしょうか……」


「そんなことより、ゆきなが見えないようだがどうしたんだい」


「ゆきな殿は親方様に呼ばれて小田原に向かっております」


早手がニヤニヤしながら答えてきた。どうせくだらねえ話だろ。オレがくノ一はいいってことぐらい兄者もわかっているはずだからな。


オレは一抹の不安を抱えつつその場を離れ荘介を呼んだ。


「荘介いるか?」


「ここに控えております」


「ひょっとして喜助の行方でもわかったのかい?」


荘介は黙り込んでいる。


なるほどね。

そういうことか……。


「荘介、三河に攻め込むぞ。遠江の諸将を調略してこい。早手たちじゃ若すぎる」


「御意」


オレは松平元康狩りに討ってでた。

岡崎城が堕ちればリセットしてくるはずだからな。


 オレは上忍三人を呼び出し軍議を行った。三人とも駿府の領国経営に専念して主家の北条家の援助を頼りに駿河統一を進めていくべきだという意見で一致していた。


確かにそうだ。こんな状態で討って出る愚か者などいない。そう普通ならね。どうやら親方こたろうはこの三人には転生とリセットについて話してないらしい。それを隠して説得するとなると……。


ん、なんでオレがこいつらを説得する必要があるんだ。


「まあね、君たちの意見は聞いたからね。でもね。これは理屈じゃないんだよ。本来、今川氏真様がやらなきゃいけなかった今川義元様の敵討ちをオレが引き継がなきゃいけないんだ。君たちにはわからないかもしれないがね。これはオレの天命なんだよ。すまんね。納得できないようなら風魔の里に帰ってくれ」


どんな天命だ?

言ってる自分がよくわからん。


オレの言葉を聞いた瞬間三人の顔がこわばる。


ん、なんだ?

このリアクション。

このオッサン何言ってんだっていうリアクションじゃねえ。

何か……。


「しかし、空城になってしまうと武田が入城するのでは?」


早手がそう言うのでオレはこう返した。


「いや、北条家が入城することになるだろうね。今遣いの者を送っている?」


「誰をですか?」


三人が同時に突っ込む。


「荘介だよ」


「そうすけ……。どなたでございますか?」


荘介のことも言ってねえのかよ。

何やってんだよ。

兄者!


オレは深く溜息をつき三人を見回した。


 軍議はオレの独断で決まり十月十一日に駿府を千五百の兵力で出陣することになった。三人にはあの後特に反対されるわけでもなくスムーズにことが決まった。



出陣の日のこと。


何やら屋敷が騒がしい。

なんだ。

嫌な予感しかしねえ。


ドカドカ歩いて入ってきた武将。

お前かよ。

北条左衛門佐……。

他にもいるだろ。

他にも。


「ガハハハ、小次郎久しいな!」


奴がオレの肩をバシバシ叩いてくる。

鎧着てなかったら脱臼するぞ!


「痛てえんだよ。殺す気か! 小机って聞いてたがなんでここに来たんだよ。ああ、左遷か。お前なんかやったか?」


「おいおい親友に対して手厳しいな。お主が来いと言ったんじゃろ」


オレが?

ああ、荘介か……。

余計なことを。


「安心せえ。今回ワシはこの屋敷の留守居役だ。残念じゃ。砦ごと一刀両断するお主の疾風斬が見れんとはな……。今回三千の兵できたからな。二千五百持っていけ。それでちょうど四千だろう。尾張に着く頃には一万近くに膨らむだろうし兄者も援軍を送るはずだからな」


そう、奴が言ってきたので、オレはホッと胸を撫でおろす。

とにかくこいつと一緒に出陣するとオレは調子を狂わされるから……。


永禄三年十月十一日、オレは四千の兵力で駿府を発し二度目の西上の途についた。


運命の地、桶狭間に向かって!

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