4話

 ロボットに促され、私は現れた扉の前に立った。そこは確かに数秒前までただの壁で、何の継ぎ目も見えなかった場所だ。どうやって扉が形成されたのか見当もつかない。ただ、戸惑っている私を待つようにロボットは浮かんでいる。


 観念して一歩踏み出すと、扉は音もなく左右に開いた。


 その向こうに広がっていた光景に、思わず足が止まる。


 そこはまるで手術室、あるいは実験室を思わせる場所だった。冷たい白い光に満たされ、金属製の台や無機質な機器が整然と並んでいる。床は鏡のように磨き上げられ、空気はひどく澄んでいるのに、どこか人工的な匂いが鼻を刺した。


「……快適で、安全な空間?」


 思わず声に出す。確かに清潔で整ってはいる。だが、安心どころか不気味さの方が勝っていた。もしここに縛り付けられ、何かの実験体にされるとしたら――そんな想像が頭をよぎり、背筋に冷たい汗が伝う。


 ロボットはそんな私の心を察していないのか、それとも意図的に無視しているのか、淡々と漂いながら奥へと進んでいく。私は恐る恐るその後に続いた。


 部屋の中央には椅子のような装置が置かれていた。人が腰掛けるには十分な大きさだが、背もたれや肘掛けには奇妙な突起や金属のアームが備え付けられている。まるで医療器具と機械の中間のようなその姿に、足が自然と止まる。


「こちらが、あなた様のお部屋です。」


 ロボットの言葉が頭に響く。私は思わず椅子を凝視した。これが「部屋」だというのか。


「……これが、部屋?」


 私の知っている「部屋」という言葉のイメージとは、あまりにもかけ離れている。壁も天井も床も冷たく無機質で、中央に鎮座するのは椅子とも装置ともつかない得体の知れない機械。そこに安らぎや生活の匂いは一切なく、ただ臨床的な冷たさだけが漂っていた。


 ロボットはふよふよと浮かびながら、淡々と告げる。

「はい。あなた様にとって、最も効率的で快適な環境です。」


 その言葉は機械的で、どこか皮肉にすら聞こえた。私にとって快適とは、暖かい布団や、落ち着ける空間、せめて安心して眠れる場所のはずだ。だが、ここにあるのは手術室のような白い光と、不気味な装置だけ。


「……どこが快適なんだよ。」

ぼそりと呟いた声が、やけに響いた。


 ロボットは私のつぶやきには反応せず、代わりに椅子の近くを漂い、光を点滅させながら説明を続けた。

「この椅子にお座りいただくことで、生命活動の維持を最適化し、外敵から完全に保護いたします。」


 生命活動の維持――その言葉が耳に引っかかる。つまり、この装置は私を守るためのものなのか。それとも管理し、縛り付けるためのものなのか。どちらにしても、自分の意思ではなく、この「ホーム」と呼ばれる存在に全てを握られているという事実が、心を重くする。


 不安を振り払おうと首を振るが、胸の奥のざわつきは消えない。外には機獣と呼ばれる存在がいて、ここ以外に安全な場所はないのだとしたら……私は、この不気味な「椅子」を受け入れるしかないのだろうか。


 足が自然と後ずさる。冷たい壁に背中が触れ、逃げ道がないことを突きつけられる。


「……いったい何に巻き込まれているんだ。」


 自分でも気づかないほどかすれた声が、部屋の中に落ちていった。

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