第三章 優しさの使用条件
6話 オレは姫君なんかじゃないのに。
*優しさの使用条件*
熱を帯びたソアラの手がオレの手を引く。
歩みは速く、引かれるたび胸が高鳴り、息が追いつかなくなる。
──自分から命じたくせに。
その反応が思った以上に激しくて、足がもつれそうになる。
「ソアラ……」
声をかけても振りかえらない。
凛とした背中がただ前へ進んでいく。
その姿に感情が見えないのが、かえって不安だった。
罪悪感と期待とがごちゃ混ぜになり、鼓動が痛いほどにはねている。
部屋に入ると、そのまま寝台へとゆっくり押したおされる。
まるで──大切な姫君に触れる王子のように。
……なんだよ、こんなの、恥ずかしいだろ。オレは姫君なんかじゃないのに……。
だけど、その手つきはあまりにも慎重で、壊れものを抱くようにやさしくて。
──まるで、ソアラにとってオレが大切なものみたいに錯覚してしまう。
こんなの、ずるい。
だけど、同時に自分の言葉がソアラをこんなにも突き動かした──。
そう思うと、胸の奥で不安がかき立てられる。
自分の中の迷いが重くのしかかる。
あいかわらずソアラの表情はよめない。
無機質で冷たい瞳がオレを見つめてくる。
また、きもちをよまれているのかと、思わず視線をそらした。
ソアラの表情がよめないときは、すごく不安になる。
城からの帰り道、つい力を込めて握って爪あとがついてしまった手のひら。
ほんの少し、切れているようで、ピリリとした痛み。
その手のひらの小さな傷あとに、そっとソアラのくちびるが近づく。
吐息がかすかに触れて、ひりつく痛みが熱に変わる。
舌先が静かになぞれば、甘さと疼きがとけあって、胸の奥がかすかにふるえる。
やばい──。
ゆっくりと。だけど確実に、下腹部がじわりと疼き、熱が体の奥を伝わる。
額からうっすら汗が滲じむのがわかる。
ほんの一瞬、ソアラの視線がオレのそこに触れた気がして、耐えきれず顔を背けた。
「み……見るなよ……ばかっ」
羞恥心を隠すかのように、小さく反抗する。
いつも通りの癖っ毛が頬におちてきて、きっと、ぐしゃぐしゃのまま。
……今、たぶん、ひどい顔してる。
この状況になって、自分が言った言葉の意味がどういうことか、理解できて。
別の何かに気を散らし、あえて他人事みたいに自分を正当化しよとしている。
ソアラはいつだってオレの気持ちを真正面から受け止めてくれる──。
なのにオレはそれさえも利用しようと──。
視界の端に自分の指先がどこか頼りなく見えて、逃げたい気持ちと、触れていたい衝動が、ぐちゃぐちゃに絡みあう。
「ソアラ…やっぱり……」
冗談だ──…
そう言いかけた瞬間。
ソアラのくちびるがかさなる。
いつもと同じ、ふれるだけのキス。
けれど、その奥に、微かに隠された“熱”がこもっている気がした。
このまま続けていい?
気持ちが定まらないまま、心が右左にゆれる。
キスのせいで、思考がうまく働かない。
──命令すれば、きっとやめてくれる。
それくらいの権限、オレにもある。
でも──。
わずかな否定と肯定と、ソアラはそんなオレの迷いを封じるかのように再びくちびるを塞ぐ。
《──命令すれば、なんでも言うこと聞くんだろ? 》
社交界で投げつけられた言葉が、今も焼きついてはなれない。
オレは結局、同じことをしようとしている。
こみあげてくる罪悪感を、どうにか奥へと押し込めて──オレは、ソアラに身をあずけた。
※この先はR18にあたるため、読者公開を控え、審査用原稿にのみ収録しております。
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