血に立って、空を見上げて
天目 曜
プロローグ
アルマ。
ある日、唐突に授かるものだと言う。それは神に選ばれた証で、人々はその権能をどうにか得られないかと焦がれていた。
しかし、その身に刻まれた権能は、畏れと共に称えられるべき祝福である。神と同等の力を扱えるということは、あまりにも名誉なことであった。
そして授かりし者は、神々に代わりて人のために在れと、そう教えられてきた。
幼馴染が言っていた。ある日、空から雷が落ちたような痛みが走ったと。自らの右目には裂けた傷が残り、右腕と肩には雷のような痕が浮かび上がったと。
ならば……ならば、この目の前に広がるこれは、一体なんだ?
足先が異様に冷たい。やけに冴えているが、これは森の空気ではない。そして霧が晴れたかと思えば、そこにあったのは夜空でもなければ夢でもなかった。
星が、嘆きが、光が、沈黙が、空間の内側で流れている。
......いや。目に映るこれは外じゃない。俺の中だ。内側に全てがある。いや違う、そもそも目に映っているのではない。目の裏に広がっているんだ。視界ごと、自我が小説のように書き換えられていくような肝が冷える感覚。
「呼び声に応じたのか」
『……え?』
その声はどこからともなく響く。空間か、脳内か、或いは骨の奥からか。いいや、そもそも音ですらないのだろう。もし沈黙に声があれば、それはきっとこんな声だ。ぐわりぐわりと無駄に響いているのに、決して不愉快には感じず、聴いていると妙に心地が良くなる。
そうして必死に声の主を探そうとした俺に、再び同じ声が届いた。
「良きことだ。あちらの住人は、どうも私をうまく知覚できぬらしい」
『あちら……って』
声の主はくつくつと喉を鳴らして、それは上機嫌に笑っていた。いや、これは笑っているのか?神格に嘲られているのではないか?
「人間の世界だ。私はウヴ=イエグァ。天空の神でも、地獄の魔でもない」
『じゃあ、お前は何の……』
「ウヴ=イエグァ。それだけだ」
問答は一方的で、淡々としている。こうして言葉を重ねてくれるあたり、まだ対話の意志はあると感じる。しかし、これを神託と捉えて良いのだろうか?
もっと神聖で、心の内から湧き出るような力を得るものだと思っていたのに。現状は、よく分からない存在が俺に話しかけている。ああ、信じることが難しいな……。
「肯定。これは神託である。そしてお前は、我がアルマを授かる者......アルメアンとなる」
俺の内に渦巻いていた問いが言葉にする前に暴かれ、いつの間にか応えられる。神とは思考すら覗き見るものなのか。
先程は不愉快でないと考えたが、この感覚は不愉快だ。自分が一方的に知られていく感覚は良いものとは言えない。
『でも、俺は……継承型の家に生まれた。そんなはずは......!』
「例外は在る。......だが、お前の瞳は、あの家の誰にも似つかない。そして、我が好む朝焼けを溶かしたように輝いていた。実に、美しい」
どこかから、誰かに見られている。水晶体の奥、網膜の裏側、そのさらに奥……魂を覗かれるような視線。
「刻もう。そこに印を与えよう」
その声を最後に、視界が反転した。目の前が暗くなる、というのではない。目の内側が黒く染まる。自分の目が、自分のものではなくなる感覚。自分自身が誰かに塗り替えられていく。
神の戯れと言うには酷すぎるし、限度というものがない。他人と自分が混同するような、空間が和らいで自分が引きずり込まれるような、気持ちの悪い感覚。
「目が醒めるとき、夢が醒める。そしてアルマは、刻まれる」
待て!俺は、まだアンタを何も知らない!このアルマだって、アンタを知らないことには何も始まらないのに!
名前も、神殿も、伝承も、なにも……!
『お前は……何なんだ……!』
「数ある存在のひとつ。色無き輪郭。海より深く、内より這いずるもの」
また喉を鳴らして、やけに上機嫌に笑っている。いや、コイツ嘲笑いやがった。明らかに馬鹿にしている調子で、俺という人間が混乱し、苦しむ様子を楽しんでいる。
クソッ、なんで俺がこんな目に!望んで手に入れられるものじゃないとは理解していたが、こんなザマになるなんて!
……目が醒めた。
醒めたというより、奴に醒まされてしまった。無理やり領域に連れ込まれ、弾き出されたからか、それとなく身体がだるいような。
いや、これは空気がぬるいんだ。身体が重いわけじゃない。むしろ今までより軽く感じて、妙な気分だ。そして空間そのものが軋んでいる。目を開けたはずなのに、視界の奥で星が流れている。
ぼやぼやと光る星雲には星々が瞬き、それが朝焼けから夜半に変わり、星が消え、また繰り返して……。
「エリアス、大丈夫か!」
そのとき、聞き慣れた声によって現実へ戻された。
これは12年聞いてきた兄の声だ。俺の目の先には焦った顔がある。けれどその輪郭はぼやけて滲んで、まるで空間そのものを見ているようだった。
『……っ、ここは……?』
ダメだ、頭が全然回んない……。
「うちの森だ。いつも通り見回りにって思ったら、お前が倒れて」
突然、兄の言葉が止まった。俺の顔を見て口が動かなくなっていた。顔というより、俺の目を見ているようだった。
そして、小さく口を開き、恐怖した。
「……色、違う。お前の、目……」
『目……?』
そのときだった。
近く木の枝にとまっていた鳥が、空へと羽ばたく前に止まった。次に、暖かな陽の光が止まった。さらに、木から落ちてくる若葉が、ピチョンと跳ねた魚が、俺の目に映るもの全てが止まった。
まるで映像が一瞬だけ静止したようだった。
空気が、時が、止まってしまった。
血に立って、空を見上げて 天目 曜 @seventeen0211
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