えびの街

しまえび

えびの街

 ある朝、港町アウルはえびで溢れた。

 最初は市場に並ぶ籠から、ついで漁師の船から、やがて井戸や煙突からも、ぷりぷりのえびが飛び出してきたのだ。


「こ、これは……豊漁ってレベルじゃねえぞ!」


 漁師が叫ぶ。けれど誰も笑わない。町全体が、赤や橙に光る甲殻で埋め尽くされていく。

 道を歩けば足元でえびがはね、屋根瓦をえびが滑り落ち、教会の鐘楼からもえびがごろごろ降ってくる。


 子供たちは大喜びでえびを掴み取り、主婦たちは鍋を抱えて走り回る。屋台の店主は「今日は売り時だ!」と叫び、香ばしい香りが町中に広がった。

 だが、夕刻。あまりの量に人々は気づきはじめる。――食べても食べても減らない。捌いても捌いても、次の瞬間には桶が満ちる。


「これは……呪いかもしれぬ」


 老神官が呟いた。けれど人々の顔は晴れやかだった。なぜなら、えびは甘く、柔らかく、どんな調理法でも極上の味を放つのだから。

 焼けば香ばしい、茹でれば甘い、揚げればさくりと軽い。町は一夜にして饗宴の都と化した。


 その夜。満月の下、えびの群れは港から海へと戻っていった。潮のように引いていくえびたちを、人々はただ見送るしかなかった。


 ――だが、翌朝。海の水平線の向こうに、赤い帯が昇った。

 衛星軌道を回る観測所は、それが数百万体規模のえびの群体であると記録した。大気を振動させる通信波が地上に届く。


《摂食試験終了。対象=人類。適合率、良好》


 人々は気づいた。昨日の饗宴は、宇宙からの調査だったのだと。

 やがて空を覆う殻の群れが、音もなく降下を始めた。

 その瞬間、港町アウルの上空に、巨大なえびの「影」が広がった。


 それは一匹のえびではなかった。無数のえびが連結し、まるで都市そのものの形を模した、赤く輝く構造体を組み上げていたのだ。

 観測所の解析は告げる。――あれは「船」だ。えびという個体が集まり、恒星間航行可能な生命機械を形成している。


 えびの群体から、再び通信波が届く。


《第一次接触完了。次段階:融合》


 港に立ち尽くす人々の足元から、残っていた小さなえびたちが一斉に跳ね上がる。皮膚に張り付き、甲殻が神経を侵食し、筋肉を補強する。

 悲鳴があがる間もなく、漁師の腕は赤い殻で覆われ、主婦の目は甲殻質の複眼に変わっていった。


 ――人とえびが、境なく繋がっていく。


 アウルの街は一夜にして「人えび混成体」の群落と化し、赤い光を放ちながら天空の母艦へと吸い上げられていった。


 観測所の最後の記録。


《地球資源:摂取可能。現地個体:適合済。えび文明拠点――起動》


 その夜から、地球の海はすべて、赤いえびの光で満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

えびの街 しまえび @shimaebi2664

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ