第20話
本当はいつしか気が付いていた。この世界には本来学校の周りを囲う壁なんてなかったこと。
本当はいつしか気が付いていた。雨の止まぬ街は、ただ雨を止めぬ僕の心の弱さだと。
本当は気が付いていた。この世界には、僕と彼女の二人しか存在しないこと。
この世界は僕の作った電脳だ。僕がこうありたいと、こうあってほしいと願った虚像と妄想が合わさっただけ。
彼女のいる日常。一滴たりとも邪魔の入らない甘美。取り戻せない時間の牢獄に、自ら入り込みたかっただけである。その定義も曖昧のまま、僕は確かに縋った。その結果がこのざまだ。
「この世界の神様か......自分の尺度が先行しているだけの僕には、ぴったりの独りぼっちだな。」僕は少しうなだれる。
「なあ、神様。なんで私がここにいるのか、もう気が付いているんじゃないか?」彼女はこちらを静かに見つめ、尋ねる。透き通るような瑠璃が心を貫く。
「ああ、そうだ....君は、神代杏子は、確かに死んだ。」夕暮れにて、彼女はあっけなくいなくなった。逃れられぬ病に身を侵されたわけでも、凶悪な犯罪に巻き込まれたわけでもない。
彼女は、僕のために命を絶った。儚げな笑顔を張り付けたまま。
「自分を殺そうとした僕を助けるために、君が身代わりになって亡くなった。...そうだろう?」
彼女は小さくうなずいた。
ちょうど、この丘くらいだっただろうか。あっちの世界で僕が絶望し、身を投げようとしていたのは。
原因はなんでもないことだったように思う。もう興味もないほどに、繰り返してきたのだろうか。
「杏子は死んだ。それがあっちの世界の真実だ。...僕には信じたくも、認めたくもなかったんだ。」
「だから君は、世界をここに固定した。君の心が雨降る限り、この街の雨は止まない。」
だから、彼女といる時は晴れていた。心の雨に傘をさす存在が、そこにいたのだから。
「死んだことが認められないから、この世界を作ったのかい?死が救済となるような、濁った世界を。」彼女は飄々としながらも厳しく指摘する。その眼光に、思わず僕はたじろぐ。
「君はこの世界で、かっこよく死のうとしている。理想の自殺に、特異の理由をつけて、自分の死を肯定しようとしているだろう?」
ずんずんと彼女は大きくこちらに向かってくる。そのまなざしは深紅に燃えているかの如く。そして
―――ぱちんと乾いた音が響いた。
「ふざけるな。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます