第19話

「久しぶりだね、随分と」


彼女はこちらを振り返りながら呟く。切れ長な目が僕の心を射止める。呼応して心臓が一つ跳ねる。彼女はここに。


「君にも見えたようだね。世界に見えない面が。」


 僕の歩いてきた光の道。彼女はそれを見えない面と表現した。


「この神社は...君が前に言っていたところか」


 彼女はひらひらと舞う。それは巫女のそれである。倒れこむように背中から倒れても、そこに見えざる面が彼女のバランスを保っている。


 彼女が僕を連れ出した日。彼女は神の子を祀る神社があると言っていた。それがこの場所の正体。そしてこれが彼女である。


 彼女は僕の神様であった。言葉通り、神の子であったのだ。


 左右を見渡せば、そこには杏が実る。独特の香りが鼻腔をくすぐった。


「どうかな。本物の神様を目の前にした感想は。」


 彼女はおどけるように想像を覗く。瑪瑙の瞳に瑠璃が一滴。


「そうだな......特に感想はないよ。僕はそろそろ死ぬはずだけど、お見送りにでも来てくれたのかな。」


 社に続く道には、鳥居が数多く立ち並ぶ。幾重にも聳え立つ紋が、社への侵入を拒むかの如く。


既視感の正体か。僕は心の奥側にてそう解釈した。


「お見送り?それは神様の役目じゃない。君の神様としての役目は、約束を果たし、契約を交わし、戒律を敷くことだよ。」


 彼女はにやりともしたりともいえる笑みで歯を見せる。


 そのような彼女の視線から逃げるように、僕は外の世界をちらりと覗く。


 崩壊する世界が音を立てて崩れ行く様を端っこで見ていれば、自分の終わりもまた身近に関いていく。これは、この崩れていくのは僕自身なのだから。


「何度聞いてもやっぱりモラトリアムにふけりたくなるものなのかい?」彼女は興味もなさげに呟く。


「...さてね」僕は彼女の適当な言に適当な言葉で返す。


「ここまで何もわからないほど、察しが悪いわけじゃないだろう?」彼女は空を眺める。


「この世界の管理者。世界とともにある人。言ってしまえば現人神。....それが、今の君だろう?」


 誰かが、例えば僕が振り返るとき、僕は応えにたどり着く。


 忘れなければ、思い出さなければ。そんな後悔が濁流のように心を濁す。


 淀んだ僕の心とは反対に、彼女は、どこまでも透き通っていた。


 

 



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