長生き
笹の葉
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今日は日曜日。
「すみませーん、新谷ですけど、お母さんいますか?」
施設のインターホンが鳴り、今日もまた新谷さんの息子さんが夫婦で面会に来られる。
「はい、えぇ、お元気ですよ。
中に入って少々お待ちいただけますか?」
「わかりました」
入所されているのは御年85歳となられた新谷さん。
ご家族との面会を何よりも楽しみにされている。
私は新谷さんへ声を掛け面会室へとお連れする。
「母さん、久しぶり」
「お義母さん、ご無沙汰しております」
「久しぶり、よく来てくれたわね~」
お互い嬉しそうな笑顔を浮かべて会話に花を咲かせる。
その間に私は一旦部屋を出てお茶を用意する。
「親孝行もまだまだこれからなんだから母さんには長生きしてもらわないとね。
だからお医者さんのいう事をちゃんと聞いて節制してもらわないと」
そう言って笑う息子さんに、新谷さんは少し困った顔を浮かべる。
「でもねぇ、私はもう十分だから、好きなものくらい好きに食べさせて欲しいわ」
「いやいや、まだまだ人生長いんだから健康じゃないと母さんも我儘いわないで頑張ってよ」
笑顔で言う息子に新谷さんは泣き笑いのような表情で「そうね」と小さく呟く。
私はお茶をお出しすると「何か御用がありましたらお声がけください」と一言断りを入れてから部屋を辞する。
翌日、息子さんの奥さんが一人で来訪され、私は前日と同じように新谷さんと面会をセッティングする。
「あら香さん、どうしたの?昨日も来たわよね」
「はい、実はお義母さんの好きなこれをお持ちしました」
そう言って包みを開ける奥さんの手にはアイスクリームがあった。
「あらあらあら、香さん、ありがとうねぇ~
本当にうれしいわ」
相好を崩して大喜びする新谷さん。
その様子に私を気にしたのか、新谷さんが私に声を掛ける。
「もうこれだけ生きたのよ?
私は好きなものを好きな食べられる方が幸せなのよ。
好きなものも食べられずにただ長生きするだけなんてどんな地獄よ?」
そう言われて私は複雑な表情を浮かべるしかなかった。
幸い、新谷さんはしっかりとされている方だった。
「旦那には内緒でお願いします」
そう言って口の前で指を一本立てる奥さん。
「香さんには苦労を掛けるわね」
「そんな事ないですよ。
よく稼いでくれますから」
「はっはっは!そりゃいいね。
役に立ってるなら良かったわ」
嫁・姑の中は悪くないようだが、私は医者がよく言う言葉を思い出す。
「このままだと長生きできませんよ~」
老境を迎えた人間に長生きとは、本当に必要なのだろうか?
好きな事をその先永遠に我慢し続けてまで長生きする意味とは?
奥さんも帰り、仕事も終わった後も私の頭には『長生き』がしこりの様にこびり付いていた。
『ぐぅ』と腹が鳴る。
今日は久しぶりに大好物を食べよう。
私の頭には大好物のラーメンだけが残った。
長生き 笹の葉 @SASANOHA_5963
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