第2話 工房&準備編

ワークベイ解禁


 ギルドの大広間は、まだ朝の冷気が残っていた。冒険者たちのざわめきの奥で、重い靴音が石床を鳴らす。

 ガロム・ブレイザー――王都支部ギルドマスターは、分厚い腕で金属の束を放り出した。

「設計監。これが“お前の音”だ」


 錆びを帯びた鉄環に通された十数本の鍵。ひとつひとつが違う形を持ち、打ち合うと低く共鳴する。

 俺はそれを受け取り、指先で触れる。金属の線が脳裏に走った。――これはただの鍵ではない。工房そのものを開くための規格だった。


「数字を出した奴には場所をくれてやる。それがギルドの決まりだ。壊したら直せ。直せないなら二度と入るな」

「……約束します」

「ガハハ! 約束はいい。音を聞かせろ」


 背後で冒険者たちがざわつく。

「追放された“無能”が……工房?」

「ガロムさん、頭おかしいんじゃねぇか」

 だが、誰も正面から口にはしない。昨夜、俺が持ち帰ったオーガの核石が証拠になっていた。



地下工房――心臓の音


 石段を降りるごとに、湿った鉄の匂いが濃くなる。

 やがて地下の広間に出た。魔法炉が赤く脈打ち、導管が壁を這い、冷却水槽が青白く光っている。金床と符刻台が十基以上、周囲を囲んでいた。

 まるで心臓の中にいるようだ。鼓動が壁を通して全身に響いてくる。


「……ここを全部、アレンさんが?」

 リナが呆然と呟いた。

「いや。元からあった“図面”を、俺が読むだけだ」

 そう言うと、リナの瞳がわずかに揺れた。――彼女はまだ知らない。この工房こそが、俺の力を証明する舞台になることを。



リナの過去


 杖を台に置きながら、リナがぽつりと漏らした。

「私……昔のパーティでは“回復しかできない”って言われて。役立たず扱いでした」

「……」

「傷を癒すのに時間がかかる。詠唱が遅い。だから仲間は前に出すら許さなくて……」

 彼女の声は震えていた。

 俺は杖の導管を解析し、不要な結び目を指でほどいていく。

「詠唱が遅いんじゃない。杖が、君を遅くしてた」

 導管を整え、祈祷紋を再配置する。

「【改造(リフォージ)】――癒光導杖(リファイン・スタッフ)」

 杖が淡く光り、リナが試すと、一拍で光が生まれた。木片に刻んだ切り傷が、瞬時に癒えて消える。


「……嘘みたい。こんなに速く……!」

「君が速いんだ。道具が嘘をついていただけ」

 リナは唇を噛み、笑った。

「……ありがとう」

 その笑顔は、彼女が初めて仲間として認められた瞬間だった。



依頼掲示板


 工房を後にすると、掲示板に一枚の依頼が目に入った。

 「近郊丘陵の古墓群に封印扉。調査停滞中。解錠できる者を募集」

 報酬は銀貨十枚――だが注記には**「内部素材は別買取」**とある。

 俺にとっては、宝の山の可能性だ。


「開けられる。規格で」

「行きましょう」

 リナが迷いなく頷いた。


 ガロムは酒を煽りながら大笑いする。

「鍵を開けに行くついでに、魔像の首も拾ってこい!」


俺は無言で頷いた。

――次は、封印ダンジョンだ。



丘陵への道


 王都から半日。小高い丘陵地帯は、曇天に沈んでいた。

 荒れた街道には荷車の残骸が転がり、折れた車輪にはまだ焼け焦げが残っている。

 リナが胸の前でそっと祈った。

「ここ……前に勇者一行が通ったはず。なのに、村は廃墟のまま……」

 焼け落ちた家々。井戸には板が打ち付けられ、子どもの靴が片方だけ転がっている。


「討伐に行く途中で“護り”を忘れた。……それが勇者制度の穴だ」

 俺は靴底に残った煤を指で拭い取り、記憶に刻む。

「【記憶(メモリー)】――“護られなかった村”」


 リナは少し震えながら俺の隣を歩く。

「……だから、守りたいんですね」

「守りたいんじゃない。“設計し直す”。同じ穴を残さないために」



封印口


 丘陵の斜面に黒い穴が穿たれていた。周囲には古代の石柱が倒れ、苔むした紋様が辛うじて読める。

 俺の視界には、石の線が青白く脈打っていた。


「第一間。床導管三枚連動。左壁から槍、天井から落盤」

 指先で回路をなぞると、古代のトリガーが呼吸するように動いていた。


「避けますか?」

「組み替える」


 俺は踏み石の下に“別の線”を描き込む。

「【改造(リフォージ)】――連動逆流回路」

 石板を踏むと、壁の槍孔は自壊し、落盤は一拍遅れて奥へ崩れた。


「……罠ごと、素材にしてる」

 リナが息を呑む。

「壊すんじゃない。設計図を書き換えるんだ」



魔力虫の回廊


 第二間。湿った臭気が漂い、壁の隙間から黒い影がざわめいた。

 魔力虫(マナ・インセクト)。魔石の欠片を餌に繁殖し、群れで冒険者を食らう厄介な存在。


「群れで来る!」

 リナが杖を構える。

 俺は冷静に観察した。――彼らは石壁に刻まれた導管を食い荒らし、光の欠片を背中に纏っている。


「【模写(イミテーション)】――光誘導陣!」

 壁に残っていた光紋を写し取り、床に新たな導線を走らせる。

 虫たちは光へ群がり、渦を巻いた。


「今だ、リナ!」

「【光鎖(ルクス・チェイン)】!」

 光の鎖が渦を絡め取り、虫たちを一網打尽に拘束する。

 俺は即座に【分解】で背中の欠片を外し、【融合】で小さな魔石へ精製した。


「……これなら、武具の燃料にできる」

「即席で餌を“回路”に変えるなんて……やっぱり普通じゃない」

 リナの声は震えていたが、そこに恐怖よりも希望が混じっていた。



骸骨兵の間


 第三間。霧が床を這い、カチカチと骨の軋む音が響く。

 古びた鎧を纏った**骸骨兵(スケルトン・ソルジャー)**が三体、剣を引きずりながら現れる。


「こいつらは倒しても……」

「骨が残る。つまり、素材だ」


 一体目が突きを放つ。

 俺は刃を受け流し、即座に【分解】。骨剣がバラバラにほどけ、白い骨片に戻る。

 それを手早く並べ直し、【融合】で一本の長剣を生成。


「【改造】――骨導剣(スケル・ブレード)」

 刃には骨の導管が走り、淡く青い光を帯びた。


 二体目が横薙ぎを振るう。俺は骨剣で受け止め、関節の隙間へ突き立てた。

 リナが光の矢を放ち、最後の一体の頭蓋を砕く。


 霧が晴れる。

 俺は骨剣を眺め、口元をわずかに歪めた。

「壊れても、また組める。それが規格だ」



封印扉の前


 いくつもの罠と小戦闘を越え、俺たちは広い踊り場に出た。

 奥に聳えるのは、高さ三メートルの石扉。面一杯に幾何学の紋様が刻まれ、中央には欠けた鍵板の凹み。

 横の壁には、折れた槍が無造作に突き刺さっている。


 リナが囁く。「……開けられますか」

「本命はこの槍だ。鍵板は誘導にすぎない」


 俺は槍を引き抜き、【解析】で内部を走る導雷導管を読み取る。

 封印扉の稲妻紋と一致。――欠けた鍵板を補う仕掛けだ。


「【模写】+【融合】」

 雷核の欠片と古代鉱石を組み合わせ、折れ槍を補強する。

「【改造】――導雷槍(コンダクタ・ランス)」


 扉の紋へ槍を差し込み、雷を流す。

 石が震え、刻まれた幾何学が淡く輝き出した。

 凹みに指を入れ、四分の一回転。

 ――轟音。封印扉が横に滑り、冷気が吐き出された。


「……ここからが本番ですね」

「ああ。守り手が待っている」



封印の広間


 封印扉を越えると、広間は氷のように冷え切っていた。

 壁一面に光の紋様が浮かび、円形の床には幾重もの導線が走っている。

 その中央で、**黒石の巨像(ガーディアン・ゴーレム)**が目を閉じるように佇んでいた。

 高さは四メートル。胸の奥で青白い光が脈動し、石肌には数百の刻印が走っている。


「……守護魔像。勇者パーティの報告にはなかった」

 リナが息を呑む。

 俺は目を細め、指先で床の導線をなぞる。

「報告しなかったんじゃない。“倒せなかった”からだ」


 巨像の目がゆっくりと開く。氷のような蒼光。

 広間全体に石の軋みが響き渡った。



第一幕:力の試験


 巨像の腕が振り下ろされ、床が砕ける。

 空気が圧縮され、兵士二人分の重みが一瞬でのしかかってきた。

「【解析(アナライズ)】――圧力波の起点、肘関節!」

 俺は床に手をつき、即座に式を走らせる。

「【改造(リフォージ)】――慣性逸脱!」

 落下の重みを横へ流す。

 石床は割れず、衝撃は壁へ逸れた。


「アレン、右から!」

 リナが光矢を放つが、巨像の石盾に弾かれる。

 俺は逆にそれを利用する。

「【模写(イミテーション)】――盾回路複写。

 【融合(シンセシス)】――魔石+鉄片!」

 足元の残骸を組み合わせ、即席の小盾を生成。

 第一幕――“力”の試験を越えた。



第二幕:炎の試験


 巨像の胸紋が赤熱し、口腔部から火線が走る。

 広間の空気が一気に焦げ、熱が肌を焼く。

「【解析】――火線の周波数、逆相領域!」

 俺は腕を交差し、両手に魔石を掴む。

「【複写陣(コピー・グリフ)】――冷却陣模写。

 【改造】――逆流冷却!」

 火線の流路に逆相の冷却線を差し込み、炎は白蒸気に変わって霧散する。


「すごい……炎を“消した”んじゃなく、“相殺”した……」

 リナの声に、俺は息を吐いた。

 第二幕――“炎”の試験を越えた。



第三幕:幻影の試験


 巨像の目が眩く光り、広間に十体以上の“偽の魔像”が並ぶ。

 全て本物と同じ動作をし、床を揺らす。


「幻影……? でも重さまである!」

「違う。回路投影だ」

 俺は目を閉じ、掌を床に押し当てる。

「【記憶(メモリー)】――踏圧の重心。

 【解析】――導線の震え!」

 本物の重みは一つだけ。導線の節を踏みしめる音が違う。


「リナ、左から三番! そこが本体!」

 リナが光鎖を放ち、偽像の群れを貫いた。

 一体だけが足を止め、鎖に縛られる。

 他の幻影は霧のように掻き消えた。


 第三幕――“幻影”の試験を越えた。



第四幕:雷の試験


 巨像の肩紋が割れ、空へ稲妻が走る。

 天井に反響した雷が床を焼き、導線が白熱した。


「【分解(ディスアセンブル)】――雷素分離!」

 俺は雷を構成する回路を分解し、正相と逆相を別々に抽出する。

 正相は俺の掌に、逆相は広間の壁に流し込む。

「【融合】――逆相吸収壁!」

 雷は壁に吸われ、広間の空気は静けさを取り戻す。


 だが副作用で俺の腕が痺れ、指先が震えた。

「……無理するな!」

 リナが駆け寄り、治癒光を腕に流す。

 第四幕――“雷”の試験を越えた。



第五幕:心の試験


 巨像が最後に掲げたのは――鏡のような光壁だった。

 その中に映ったのは、勇者ライルとかつての仲間たち。

 彼らが口々に嘲笑する。

「無能」「寄生虫」「追放されて当然」

 広間いっぱいに声が反響する。


「これは……精神を折る試験」

 リナが杖を強く握る。

 俺はただ、口元をわずかに歪めた。

「……悪くない。鏡に映る欠陥は、設計し直せばいい」


 俺は掌を光壁へ叩きつける。

「【演算掌握(ドミナント・オペランド)】――幻影回路奪取!」

 光壁の回路を丸ごと乗っ取り、嘲笑を沈黙に変える。

 代わりに――ギルドの受付嬢が驚き、若い冒険者が感謝する記憶を浮かべた。


 巨像の胸光が静まり、全身が音を立てて崩れ落ちる。

 五幕全てを越えた証として、広間の奥に宝珠が浮かび上がった。



宝珠の獲得


 俺は宝珠を掌に収める。

 冷たいが、奥に熱がある。数千年分の設計データが脈動していた。

 リナが息を吐き、膝から崩れ落ちそうになる。

「……やっと……終わったんですね」

「ああ。これで、勇者制度の欠陥を塞ぐ武器が揃う」


 だが同時に、こめかみの奥で声が囁いた。

 ――まだだ。これは“試験”の序章。

 ――空の図面を読め。


 俺は小さく息を呑み、宝珠を懐へ仕舞った。



帰還 ― 廃墟からの帰路


 封印広間を抜けたあと、石段を登る足は鉛のように重かった。

 リナは何度も杖に体を預け、それでも笑みを崩さなかった。

「アレンさん……宝珠、本当に……」

「ああ。俺たちが取った」

 懐に脈動する宝珠は冷たく、しかしその中には確かな規格が宿っていた。


 夜明けの光がダンジョン出口から差し込む。

 地上の空気は乾いていて、胸の奥にやっと呼吸が広がった。



ギルド到着


 俺とリナは、封印宝珠と討伐証を抱えてギルド本部に戻った。

 扉を押し開けた瞬間、朝の広間にいた冒険者たちの視線が一斉に突き刺さる。


「……あいつ、昨日追放された無能じゃ……?」

「なんでリナまで一緒に?」

「手ぶらじゃないぞ、あれ……」


 俺は無言で受付カウンターに歩み寄り、宝珠を置いた。

 青白い光が広間いっぱいに反射し、ざわめきが一瞬で凍る。


「封印宝珠。守護魔像を討伐した証だ」


 受付嬢の手が震え、書記係が慌てて羊皮紙を取り出す。

「ま、守護魔像……? 勇者パーティが撤退したあの……!?」



ギルドマスターの裁定


 豪快な足音。

 大広間の奥から、ギルドマスター――ガロム・ブレイザーが姿を現した。

 大斧を背に担ぎ、赤銅の胸甲を軋ませて近づいてくる。


「ガハハ! やったのはお前か、アレン!」

「……事実を報告しただけだ」

「事実ってのはな、誰がやったかで価値が変わる。

 昨日“無能”って言われた奴が、一晩で守護魔像を倒した。

 この逆転こそが冒険者の醍醐味だろうが!」


 ガロムの声が広間に響く。冒険者たちの顔色が揺らぎ、さっきまで冷笑していた連中が目を逸らす。



仲間の申し出


 群衆の中から、一人の治癒師の少女が歩み出た。

 栗色の髪を肩で結び、控えめに手を上げる。

「アレンさん……私と、パーティを組んでいただけませんか」

 驚きのざわめき。リナも一歩前に出て、少女をかばうように言う。

「私はもう決めています。アレンさんの設計でなければ、生き残れない」


 俺は少しだけ間を置き、頷いた。

「仲間は、俺の設計を理解してくれる者だけでいい」


 少女の顔がぱっと輝く。広間の空気が一変した。



勇者パーティの影


 その時。

 広間の奥に立つ影――勇者ライルの仲間だった魔導士セルゲイが腕を組んで見下ろしていた。

「……調子に乗るなよ、無能」

 だが俺は振り返りもしなかった。

 無言で口元を歪め、ほんの僅かに笑っただけで、宝珠を懐に仕舞った。


 その笑みを見て、セルゲイの眉がわずかに痙攣する。



不穏の布石


 ギルドを出たあと、リナが小声で告げる。

「勇者たち……様子がおかしい。聖剣の調子が悪いって噂も」

「だろうな。俺が設計を奪った以上、歪みが出る」

 俺は夜明けの空を見上げ、呟いた。

「次に会った時、勇者の剣は俺の手で最適化してやる」


 街は今日も目覚め始める。

 だが、勇者制度の崩壊はすでに始まっていた。




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