春と秋

ninon

第1話

春と秋



〜俺とおまえが対だったのには、きっと理由があったんだ。


春はいつも孤独の鼓動を抱いていて、どうやったって悲しみの中にいた。〜



ー秋とぼくが同じように見えたのは、表向きの話だったんだよ。


秋はいつも暴力的な芸術の中に居て、とても眩しい光に包まれていた。ー



〜春はいつも伏し目がちで、言いたい事もままならない。歌が好きで読書が好きで、遠くの教会の鐘の音が嫌いだった〜


ー秋はいつも偉そうで、魔法みたいにバイオリンを奏でた。とにかく音楽が大好きで、高い場所を怖がったー



「ねぇ秋、"明日"は来る?」

「春、またその話?明日は来るさ。一眠りもすれば、明るい空が希望を讃えて光をくれる」

「あぁ…秋そうだね。…そうだった。そうしたら遠くの教会の鐘は鳴らないといいな」

「春、それは願うしかないね。遠くの教会にも鐘は必要なんだから」


陰鬱な芸術鑑賞を強いられる日曜日

雨宿りも出来ないぼろぼろの蝙蝠傘


「春、今日も歌わないのか?」

「…うん、もう随分と長い時間頭痛が続いてるんだ。きっと雨のせいだね」

「そりゃダメだ。医者にかからないと」

「ううん秋、僕は大丈夫。だんだんと仲良くなれてきた気がするんだ」

「…なんだって?頭痛とか?」

「あぁそうさ。秋、なんて顔をしてるんだい?」


〜春はどんどん夏虫に喰われていく。

俺はどんどん春を忘れる〜


尊い記憶が眼球の奥に沈む



「春、そんな高い場所に登っちゃいけない」

「大丈夫。秋は本当に高い場所が嫌いだね。ここからは何だって小さく見えて、僕はきっと今なら誰より大きいよ。」

「春、そろそろ薬の時間なんだ。」

「薬は嫌だ。秋は心配しすぎだよ。ほら、あんなに大きな太陽がどんどん沈んで溺れてしまうよ」


〜春は太陽を殺した

春の頭痛はどんどん酷くなる〜


ー秋の不穏な表情が鏡の中の僕と重なる。秋と僕は同じだと言うけれど、似ているところなんて一つもなかったー



パッヘルベルのカノンの郷愁

春の頭痛 秋の不眠 春の頭痛 秋の不眠

苛立ちの追いかけっこ


「大丈夫、僕は大丈夫、大丈夫、秋」

「薬を飲んでくれ春!」

「あぁ…まただ!遠くの教会の鐘が耳の中に住んでいてっ!」

「鐘なんて鳴ってないんだ!春!」



〜春の憂鬱が色を混ぜる。それは沼より深い黒色で、もうどうにも止まりそうにない〜


闇の中の妖精が笑う


〜キラキラ輝く朝日を待たずに

春は半分夏虫に喰われた身体で飛び出した〜



映写機がカタカタとエンドロールを告げる

春は高い屋根から堕ちた

秋は狂ってバイオリンを弾く


春と秋はよく似ていた

春と秋は二人で一つ

それなのに


春と秋は全く同じじゃなかった



"秋、今日は遠くの教会の鐘が鳴らないみたい"

「春、それは俺のバイオリンのせいさ」



春が居なくなると、遠くの教会の鐘は鳴らなくなった。

秋はバイオリンを捨てて、春が登った高い屋根によじ登る。



「春、太陽が溺れているよ」


秋は春の場所へ行くために飛んだ。

大嫌いな高い場所から沈む太陽は、登るように微笑んだ。



「春、太陽は…」


秋が最後に見た太陽を春に伝えに行った日

弔いの鐘が



遠くの教会で鳴っていた。



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春と秋 ninon @yumi0627

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ