皆既月食の王国

口一 二三四

皆既月食の王国

「おい車出せるか?」


 ノックと共に入ってきたじいちゃんは開口一番そう俺に聞いてきた。

 人混みで大変だろうからと遅めに実家に帰って来てたけどそれも今日まで。


「あー、コンビニ?」


 アパートに戻る支度をしてた俺は手を止め行き先を訪ねた。


「いや、ちょっと遠いとこで……」


 歯切れの悪い言い方が気になりはしたものの、一年前にばあちゃんが死んでからずっとこんな調子なのは両親から聞いている。


「……いいよ別に。行こう」


 久々に孫と会って気晴らしでもしたくなったのか。そんなことを考えながら荷造りの途中で部屋を出る。

 親父の車を借りようとリビングを覗けば、テレビで今から始まる皆既月食についてのニュースが流れていた。




 俺のじいちゃんは嘘つきだ。

 嘘と言っても悪い意味じゃなく、例えばばあちゃんの誕生日を忘れたフリして驚かせたりとかそんな可愛いものばかり。

 中でも俺が大好きだったのはじいちゃんの昔話、として語られる作り話だった。


 近所の空地へ足を踏み入れたらこことは違う世界に迷い込んだって内容の、笑いあり涙ありの冒険譚。

 予言の勇者であると歓迎され仲間と共にモンスターを退治する旅の記録。

 見事親玉を倒し惜しまれながらこっちの世界へ戻ってくる物語。

 最後まで語り切るといつもこう締めくくられる。


「あのままあっちに残ってたら別の人生があったかも知れないな」




「覚えてるよ」


 車体に背もたれて欠け始めた月を見上げる。

 到着したのはショッピングモールの駐車場。

 深夜に入れるわけのない広々とした空間は作り話の最初に出てくるじいちゃんの生家と空き地があった場所で。


「実はその時の仲間が同じく向こうに迷い込んでたばぁさんでな」


 大好きな話とのギャップに虚しさが押し寄せた。


「あの日も今日みたいに月が欠けてて、もの珍しさに外に出たのが始まりだった」


 そんな俺を他所にじいちゃんは嬉しいそうだった。

 相変わらず喋りが上手いなって耳を傾ける。


「あの世界には思い出がたくさんある。ばぁさんが死んでそれを知るのはワシだけになってしまった。だから……」


 もう一度あの世界の光景を見れたら。

 あの日と同じ今日であればあるいは。


 隣にいる俺じゃなく別の何かに願うみたいな口振り。

 もしかしてボケの兆候じゃないかと少し心配になる俺が、駐車場に視線を移せば。


「……あぁ、懐かしい」


 月光が遮られるのに合わせて。


「ワシとばぁさんの思い出の世界だ」


 作り話が、嘘ではなく真実としてその姿を現していた。

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