第4話 鬼畜のロイゼ


 女の子が作った可愛いキャラ弁。

 そんな絵面はどこにいったのか、五段重ねの重箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのは牛肉、豚肉、生魚、ニンジン、ジャガイモ、ピーマン、トマト、玉ねぎ、etc‥‥‥


 皮も剥かれることなく、刻まれることなく、未調理の状態で丸々そこに置かれていた。これをお弁当だと言い切るところも怖いが、一番恐ろしいのは本気で食べさせようとしている彼女だ。


「‥‥‥早く座れよロイゼ。先輩が弁当作ってくれたってよ」


 力無く立ち尽くしている俺から、トンカツ定食を抜き取ると、顎で彼女の隣に座るよう促される。完全満席の食堂で唯一空いている席。メシを抱えて席を待つ人間にとっては、これ以上ないオアシスだ。

 だが、近づいたところで、待っているのは急激な食欲の減退。生野菜や生魚、生肉をぐちゃぐちゃに詰め込んだそれを一目すれば、否応にも後退りしてしまうもの。まさに地獄絵図のようなこの光景に慣れてしまった俺は、既にルナワールドの住人なんだろう。


 もし先輩と結婚して、仕事終わりに家へ帰ったら、毎日生食材の詰め合わせが食卓に並ぶのだろうか。それは別の意味で、兵士業よりも辛い日々になりそうだ。


「ちなみに、いつ作ったんですか先輩」

「早朝の四時半かな?早起きしたからちょっと眠いたいかも」


 なるほど、殺戮兵器を生み出した自覚はないと。

 半日の常温放置で腐った生肉や生魚を、人に食わせるとどうなるのか笑顔満面でいる彼女は知らないらしい。


「‥‥‥なぁ、カイ君」

「一人で食えよ」

「まだ何も言ってねぇだろ」

「お前が人を君付けする時は、決まって悪いこと企んでる時だろうが!!」


 間違ってはいない。けれど、悪いこととは言わないでほしい。これはあくまで自分自身がこの世から召されないための尊い犠牲なのだから。


「先輩、一つ弁当貰いますね」


 赤い汁が肉から漏れ始め、既に小さいプールが作られている重箱を一つ手に持つと、先輩から手渡された橋で一枚の生肉を摘んだ。


「お前は、ローストビーフだな」


 肉と対話するように、そう呟いた。


「‥‥‥何言ってんだ、お前」


 何やら否定的な言葉が隣から聞こえたが無視だ無視。そう、これはローストビーフなんだから。


「ありがとうございます先輩。俺のために作ってくれて」

「えぇ!お母様から教わったのよ!」

「なるほど。それで、このローストビーフを作ったのですね」

「ローストビーフ?はよくわからないけど、美味しそうにできたわ!それとね————————」


 渾身の料理を自慢する先輩は、テーブルに散らばる料理の品々の説明をし始めた。中には土塊がついたじゃがいもの上に肉を置いてニクジャガと呼んでいた場面もあったが、今はツッコむことをやめておこう。


 先に済ますべき問題は、他にある。


「‥‥‥後生の頼みだカイ。俺のトンカツ定食をやるから、そこのカツ丼を俺に寄越せ」


 先輩の弁当を両手に抱えながら、カイの耳元で囁いた。


「あ?なんでだよ。嫌に決まってるだろ」


 わかってる。そう来るよな。


「すぐにアイツが来るからそれまで時間を稼がせてくれ!」

「さっきから何言って————って、まじで奪うなよ!」


 先輩の手前に置いてあったカツ丼からカツを剥ぎ取り、俺が頼んだトンカツ定食の皿に添えるように置いた。謎の行動にカイは首を傾げながら、その蛮行を阻止しようと手を伸ばすも、時はすでに遅い。カツが乗せられていた丼の上には、やけにたくさんの生肉が乗せられ、まるでローストビーフ丼のようになっていた。


「米と一緒に食えばイケるとでも思ってんのかロイゼ」

「それで食えるならもう食ってるっての。けどな、こうして置くことで釣れる馬鹿がいるんだよ」

「は?そんな奴いるわけ‥‥‥いや、まさか」


 丁度、先輩の料理自慢が終わると同時に、奴は現れた。


「あ!またオイラの分のご飯用意してくれてたんすね!!流石ロイゼの兄貴っす!」

「おうよ。今回は、なんとローストビーフ丼だ」

「まじすか!?それじゃあお言葉に甘えていただきますっす!」


 そう言って、訓練場の片付け雑用に追われていたそいつが俺の手から箸を受け取り、白米に生肉が乗せられたそれを口に運んだ。


 それが、腐った生肉であると知らずに。


 ‥‥‥ごめんな、ナハト。すぐにアナのとこまで運んでやるからな。


 騎士団の中で最も下級に位置する三等兵。俺とカイ、ルナ先輩と同じ辺境地、アズマ村出身のナハト・ブロックリンが、ゴブッ! と口から泡を吐き出しながらその場に倒れ込んだ。


 案の定、危険な痙攣を引き起こし、全身の血の気が引いている。


「‥‥‥ルナ先輩」

「へ!?な、なに」

「これからは自分もしくはカイに味見させてからでお願いします。じゃないと、俺もこうなるから」


 誰が何を言うまでもなく、周囲にいた人間はナハトを憐れみ、そして躊躇なく犠牲を生んだロイゼに冷ややかな視線を送ったのだった。


「でたよ、鬼畜のロイゼが」


 聞き慣れた言葉を、カイは一人呟いた。


◇◆◇


 もはや、恒例行事となっている昼食の騒乱。


 今回は食材を生で人様に提供することの危険を彼女に伝えることができたが、果たして次回はどうなるか。あんな独特の感性と価値観を持っているルナだが、実は既に騎士の任命を受けている立派な上官だ。年は一つ上で俺やカイ、それと搬送されたナハトと同じ辺境の村出身。地元の士官学校時代から何かと殺戮弁当を作っては俺に食べさせようとしていた彼女だったが、騎士団に入団しても何も変わっていない。


 今日の入団式、できればルナ先輩のとこじゃなきゃいいけどな。


フィオネ王国騎士団には十五人の騎士がいて、それぞれが上位歩兵の一等兵百人分に相当する。この世界では、王族や貴族など血筋が高潔であるほど魔力量や受け継がれる加護の質が高い。そのため、そうした人物が騎士になったり、より高い位に就くことが多いのだが、今回の騎士団の刷新により実力主義の体制となった以上、力さえあれば俺でも騎士の受勲を得られるだろう。


 となれば、経験を積む上でも権力序列のより高い騎士の隊に入りたい。そうなると、やっぱあの三姉妹のうちいずれかの部隊に配属されることになるのか。ゴーティエのおじさんとの話では、セレナかアナスタシアのどちらかに配属されるということだったが、果たしてどうなるか。


 カイやナハトがどこに入隊するのかも気になるが、今は自分のことに集中しよう。


 予告された通り、俺は自分の言い渡された部隊作戦室に向かっていた。場所は八階建ての騎士団駐屯地のうち六階。かなり権力を持っている上官や司令部が扱う階層だ。


 宣告通り、あの二人のうちどちらかの部隊なのか。


 心臓が早く脈打ちながら目的地である部屋の前に立つと、その扉を三回叩いた。


「フィオネ王国騎士団二等兵、ロイゼ・ホーシンです」


 扉の向こう側にいる、その人物の存在に胸を高鳴らせて。


 

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