第2話 騎士団長の提案
「お疲れ様です、騎士団長」
騎士団総長室の扉を三度叩いてから部屋に入ると、口に煙草を咥えたゴーティエに向けて頭を下げる。
「他に誰もいねぇし、いつもみたくおっさんでもじじいでも好きに呼んでくれていいんだぜ?」」
「流石にここでは呼べませんよ。それに、バレたら上官の人たちに何言われるかわかりませんし」
「それもそうだ」と言って、テーブルに置かれた灰皿に煙草を擦り付けると、掛けていたソファから腰を上げた。
「貿易商業国家のカリオンって知ってるか?」
部屋の隅にある大きな冷蔵庫に向かったゴーティエは重そうな扉を開け、何やら紫色の液体がなみなみ入ったボトルを取り出すと、立ち尽くしているロイゼに問いかけた。
「勿論知ってますよ。もしかしてそれはカリオンからの?」
「ブドウっていう果実をふんだんに搾り取った飲み物らしくてな。ワインに見えるがガキの飲むジュースだってよ」
「大人の人だって、ジュースを嗜む人もいると思いますが」
酒=大人、ジュース=子供の価値観が根強いのか、ゴーティエは眉間に皺を寄せてから首を横に振ると、わかりやすくため息を吐いた。
「酒だと思って発注したのにこれが送られてきたんだ。楽しみにしていた晩酌がパーだぜ」
実際に見たことはないが、ゴーティエの酒癖は悪いと有名だ。三姉妹からもその話は耳にタコができるくらい聞かされていて、なんでも笑い上戸や泣き上戸、怒り上戸などその日によって違うらしい。
「飲んでけよロイゼ。そんで美味かったら他の兵士連中らにも分けてやれ」
トポトポと音を立てながら、まるで水晶のような美しさが目立つコップに注がれるのを見ていると、ゴーティエは顎で向いのソファに座れと促した。
「飲みながらでいいからよ。ちと頼まれて欲しいことがあるんだわ。勿論、騎士団長としてな」
厄介ごとの予感がして座ることを躊躇っていたロイゼの逃げ道を塞いだ。騎士団長の権限を行使されては逆らえるわけがない。
「な、なんですか」
恐れ慄きながら、フカフカのソファに腰掛けると、ゴーティエはジュースの入ったコップをロイゼの目の前に置きながら本題を切り出す。
「今度、というか明日の話になるんだが。騎士団の編制を新たに刷新しようとしているんだ」
「騎士団の構成を全て変えるということですか?」
「司令部にいる頭の硬い上官共は変わらん。変わるのは騎士と兵士たちの方だ」
ゴーティエがロイゼに伝えた話は以下の通りだった。
それは、騎士団にある序列を見直すこと。これは、今まで年功序列であった騎士が位の高い立場につくのではなく、戦歴や経歴を重視した実力主義のシステムに変えるというもの。これまで、三銃士という敬称で呼ばれていた彼女たちにもそれ相応の序列が与えられるということになる。
「よく司令部が許可しましたね。年功序列制度が撤廃されるなら、ふんぞり返ってる中年騎士連中からの反発が大きいでしょうに」
「俺が押し通した。ロクに戦にも出ないで下級兵士を虐めてる老害にやれる席はないってな」
「‥‥‥手厳しいですね」
呆気に取られるロイゼを見て、ゴーティエは鼻で笑うと、その老害たちを黙らせた根拠を明かした。
「そもそもだ。今年はアナスタシアを最後に、ゴーティエ家の娘が成人を迎える。一応は部隊を預けていたわけだが、騎士として認める以上アイツの才を持て余しておく理由はない」
「アナスタシアは回復魔法のエキスパートですからね。さっきも世話になりましたし」
「ほぅ?屋敷でやられたのか?」
絆創膏の貼られた左腕を撫でると、ゴーティエは顎髭に手を当てて推理する。
「なるほど。ヴィーナにやられたわけだ」
「ご明察です。流石、彼女を育てた師ですね」
あの日常的に魔法をぶっぱしてくる性格も、父親に似てしまったのだろうかと、そんなことを考えていると、ゴーティエは額に拳を当てて声を唸らせた。
「あれは俺が育てたんじゃない。ガキの頃、いつの間にか目を離した隙にもう成っていた。現代最強なんて言葉は好きじゃねぇが、アイツならその肩書きに見劣りはしない」
実際、ゴーティエが自身の娘に引け目を感じるほどにヴィーナ・ゴーティエという人間は騎士として完成されている。
きっと、妹たち二人を相手にしても余裕で完勝する結果も容易く想像できてしまう。
本当に、すごい家に居候することになってしまったと心底実感していると、目の前で暗い顔をしていたゴーティエがいつの間にかロイゼの様子をじっと凝視していた。
「な、なんですか?」
ロイゼの咄嗟の問いに、ゴーティエは答えることはなかった。
「ヴィーナはなしだな」
「え?」
唐突に出した彼女の名前に対して首を傾げているとと、両手を両膝に置いて強引にロイゼと視線を合わせた。
「さっきの話に戻るんだけどなロイゼ。騎士団が再編成されれば、当然ウチの娘たちは兵士を率いる将軍、つまりは騎士に任命される。ここまで俺の言っていることわかるな?」
「えぇまぁ、そりゃそうでしょうね。今いる騎士の方々と比べても彼女たちの実力は見劣りしません」
いや、見劣りしないどころか、もう既に彼女たちは立派な切り札になっている。贔屓目なしで評価しても首席から第三位まであの三姉妹が独占するだろう。
「あんな性格だが、いざ戦場に出ればヴィーナはやる。武力も知略も申し分ない。だから、お前のサポートは不要だ」
「‥‥‥はい?」
嫌な予感がした。ソファに腰掛ける前と同じ嫌な予感だ。また何か、この人はヴィブロス家に、強いていうなら三姉妹に火種をばら撒くのではないかと考えていたその時、ゴーティエは続けて怯えるロイゼに対して決定打を打ち込んだ。
「だから、セレナかアナスタシアか好きな方を選べ。そんでもって、馬があったら結婚すればいいかつこ
ロイゼは切に願った。
お願いですから神様。まだこのことはどうか、アイツらには伝わっていませんよう————————。
「ちなみに、もうアイツらにも文書は送ってある」
「何してくれてんだこのクソジジイ!!」
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