#39 謎の種

麦わら帽子のつばを指で押さえながら、たぬまりは畑の端にしゃがみ込んでいた。


朝の光が柔らかく差し込み、ツナギの背中にじんわりと温もりが染みていく。


胸元の葉っぱの刺繍は、少し土でくすんでいたけれど、それもまた働いた証。


たぬきしっぽがぴょこんと揺れて、雑草を抜くたびにふわふわと跳ねていた。




「ふぅ……今日も、よし」




雑草抜きと水やりを終えた畑は、どこか誇らしげに見えた。


植えた種は一通り芽を出していて、トマトは小さな葉を広げ、紫キャベツは丸みを帯びた緑を覗かせている。


バジルは香りを漂わせ始め、月根菜は土の中で静かに膨らんでいるらしい。




その中で、ひときわ目を引くのが、謎の蔓科植物だった。


芽が出たと思ったら、他の作物よりも明らかに成長が早く、細い蔓がすでに地面を這い始めていた。




「これは……支柱がいるやつだな」




たぬまりは、蔓の先端を指先でそっと持ち上げた。


柔らかく、でも芯がある。


以前、細工師の弟を紹介してくれた常連さんが「蔓が良く育ったら、たぬまりちゃんのためになるから頑張って育ててね!」と言っていたのを思い出す。




「ためになるって、どういう意味だったんだろ……」




情報がなさすぎる。


とりあえず支柱の相談をしようと、近所のプレイヤー畑を回ってみることにした。




一人の畑に声をかけると、すぐに周囲から「なんだなんだ」と人が集まってきた。


彼らはそれぞれ「カカシ」「レーキ」「クサカリ」「益虫」「のーやく」「小根ココン」「掘ーりー♂騎士ホーリーナイト」と名乗り、わいわいと話し始めた。




「いや、なんなのそのネーミング……」




たぬまりは思わずツナギの袖を握りしめた。


最初から農業やる気満々な人たちなの?最後の人、絶対違う気がするけども!




どうやら彼らは、農作業の合間に集まってお喋りするのが好きな人たちらしく、たぬまりの話をよく聞いてくれた。


蔓科植物の話をすれば、「実際に見てみましょ♡」と掘ーりー♂騎士が言い、みんなでたぬまりの畑へ移動することに。




掘ーりー♂騎士は男性だが、口調は完全にお姉さん。


薔薇の香水がふわりと漂い、ツナギのたぬまりとは対照的に、白いレースのシャツにピンクのエプロンを重ねていた。




畑に着くと、蔓科植物を見た小根が「支柱、持ってくる」と言って走っていった。


小根は大根専門の農家なのに、どこから支柱を持ってきた……?




「この蔓、たぶんマモノですね」と益虫が言った。


「攻撃性はないと思います。育て方によっては藤より太くて丈夫な蔓になりますよ」




「ジャスミンみたいな花が咲くから、お茶の香りづけにもいいかも♡」と掘ーりー♂騎士が微笑む。




そこまで教えてもらったところで、画面に通知が表示された。




【マモノ図鑑に新規登録されました】




---




■登録マモノ:ツルノカミ


種族:植物型マモノ


属性:地・香


特徴:細くしなやかな蔓を持ち、成長すると藤のように枝分かれする。花は白く、香りはジャスミンに似る。


生態:土壌の魔力を吸収して育つ。支柱や他の植物に絡みつくことで安定する。


性格:穏やかで従順。育てた人に懐く傾向がある。


保有スキル:


《香の芽吹き》:周囲にリラックス効果のある香りを放つ。


《蔓の抱擁》:対象を優しく包み込み、軽度の防御効果を与える。


《根の記憶》:育てた人の魔力を記憶し、成長に反映する。


コメント:これ、私のためになるってそういう意味だったのかも……でも、ちょっと恥ずかしい。




---




「作業が終わったなら、お茶会にしない?」と掘ーりー♂騎士が声をかけてくれた。


たぬまりは、麦わら帽子を押さえながら頷いた。




掘ーりー♂騎士の区画に行ってみると、そこは薔薇が咲き誇る庭園になっていた。


赤、白、ピンク、紫——色とりどりの薔薇が風に揺れ、香りが甘く漂っている。


その一画に、お茶会用のテーブルが用意されていた。




「どうぞ♡」




紅茶にはバラジャムが添えられ、クッキー☆と呼ばれる星型の焼き菓子が並んでいた。


たぬまりは、ジャムをひとさじ紅茶に落とし、そっと口に運んだ。




「……美味しい」




バラの香りがふわりと広がり、クッキー☆の甘さとよく合う。


すべて掘ーりー♂騎士の手作りらしい。




お茶会は笑い声に包まれ、やがて自然に解散となった。


たぬまりは、他のみんなの畑を見ながら自分の区画へ戻る。


それぞれに個性があって、見ているだけで楽しい。




ふと気づくと、みんな休憩用に日陰にイスを置いていた。


ふむ。そういうの、いいかもしれない。




畑に戻ると、夢見亭のメイドさんが居た。


ちゃちゃさん。度々シフトが被っていて、話しやすい人だ。




「あ!たぬまりちゃん!なんかみんなでこの辺に勝手に種とか植えといたよ~」




「えっ?」




どうやらメイドさんたちが、マモノからドロップした何かの種や、クエスト報酬でもらった種などを植えたらしい。




「何が育つか分からないけど、闇鍋……いや、お楽しみスペースとして世話してみてね!」


「も~……」




たぬまりは、麦わら帽子のつばを指で押さえながら、笑った。


ちょっと楽しみが増えた。


それもまた、畑のある暮らしの一部なのかもしれない。

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