第25話


崩れかけた回廊を抜けると、小さな石室にたどり着いた。

棚は倒れ、机は砕け、長い年月の埃に覆われている。

だが――その中に、ひときわ目を引くものがあった。


「これ……」

ノエルが駆け寄り、埃を払う。

机の上には、革張りのノートと、奇妙な装置が並んでいた。

金属の輪に刻まれた文字は、見たことのない古代語。


ユウが身を乗り出す。

「誰かが最近まで使っていたみたいだな……」


ノエルの手が震える。

「間違いない……師匠の字だ」


ページをめくると、びっしりと書き込まれた文字が目に飛び込んできた。

「“封印の地は二重の結界により守られている。表は人が作った封印、奥は……本来の存在による眠り”」

声に出すノエルの瞳が揺れる。


カイが低く唸る。

「つまり……人間が恐れて重ねて閉じ込めた、ってことか?」


ユウはノートを覗き込みながら、もう一つの記述に目を留めた。

「“鍵は手紙に託された。真実を知る者がそれを届ける時、封印は応じる”」


三人は顔を見合わせる。

手紙――それこそが、自分たちの旅の中心だった。


ノエルは唇を噛み、装置を握りしめた。

「師匠は……この真実を伝えようとしてたんだ。でも、ここで……」


残されたノートの最後のページには、途切れた文字が走っていた。

「“転移が……発生……私は――”」


静寂が石室を満たした。

ノエルの手が小さく震えながら、装置の冷たい感触を確かめている。


ユウは彼女の肩に手を置いた。

「……大丈夫だ。師匠の意志は、君が引き継げばいい」


ノエルはゆっくりと頷き、目を閉じた。

「うん。必ず――」


ノエルがノートを抱きしめ、ユウが黙って手紙に触れる。

その空気を切り裂くように、乾いた拍手が響いた。


「やっぱり……そういうことだったのね」


振り返ると、闇の中からリナが姿を現す。

その目は鋭く、ユウの胸元にある手紙を捉えていた。


「封印を開く鍵――それが、その手紙」

リナの口元に笑みが浮かぶ。

「最初から狙って正解だったわ」


カイが一歩前に出る。

「テメェ……! そんなもの奪ってどうする!」


「決まってるでしょ」

リナは肩をすくめる。

「封印を解いて、あたしが欲しいものを手に入れるのよ。

 人間が恐れて隠した“本物の力”を」


ノエルが息を呑む。

「……あなた、本気で……」


ユウは静かに剣を抜き、リナを見据えた。

「そのために、俺たちの旅を踏みにじるのか」


リナは挑発的に笑う。

「ふふ、そんな顔するようになったじゃない。いいわ、試してみる?」


空気が一気に張り詰める。

互いに手紙の価値を知った上で、もう言葉は不要だった。


次の瞬間、石室に鋭い刃と魔力の奔流がぶつかり合った――。


剣と刃が激しく打ち合う。

石室の床に刻まれた古い紋様が、ふいに眩く輝き始めた。


「……なに!?」

ノエルが声を上げる。


リナとユウが再び激突した瞬間、紋様から奔流のような光が噴き上がった。

耳をつんざく轟音と共に、大地が揺れる。


「ユウ! 危ない!」

ノエルの叫びは届かない。


光が全員を包み込み、世界が歪んだ。

重力も、方向も、時間の感覚すらなくなる。


……そして――。


眩い閃光が収まると、ユウは荒涼とした大地に立っていた。

吹き荒れる熱風、赤く裂けた大地、見知らぬ空。


すぐそばで、リナが砂を払い立ち上がる。

「……ここ、どこよ……?」


ユウは剣を構えたまま、彼女を睨む。

「お前の仕業か!?」


「違うわよ! こんな転移……私だって知らない!」


二人の口論を遮るように、地響きが大地を揺らした。

遠くから現れるのは、異形の巨獣。


リナは舌打ちをし、腰の刃を抜いた。

「チッ……とりあえず、生き延びるまでは協力してあげる」


ユウも剣を握り直し、肩で息をしながら頷いた。

「……いいだろう。けど、手紙は渡さない」


二人は背中合わせに構えた。

敵意を残したまま、しかし否応なく同じ戦場に立たされていた。


荒野を進みながら、二人は何度も言い合いをした。

「そっちの方向じゃない!」

「じゃあお前が道を知ってるのか?」

「……少なくとも、あんたよりは勘がいいわ」


そのやり取りの最中、突如として岩陰から魔物が躍り出る。

リナの刃が閃き、ユウの剣が火花を散らす。

一瞬、視線が交差した。


「右を任せる!」

「言われなくても!」


連携は偶然か、必然か。二人の動きは不思議と噛み合い、魔物は地に伏した。

荒い呼吸の合間、リナはふっと口元を緩めた。

「悪くないわね、あんた」

ユウは苦い顔で剣を収めた。

「俺は認めてない」


けれど、背中合わせに戦った温もりが、否定できない信頼を刻んでいた。



夜。転移先の荒れ地に焚き火が小さく揺れていた。

二人は背を合わせるように座り、互いに視線を合わせようとしなかった。


しばらく沈黙ののち、リナが口を開いた。

「……あんた、変わったわね」


ユウは驚いて振り向く。

「え?」


「最初に会ったときは、剣を振り回すのがやっとの子供だった。

 でも今は、背中を預けても平気だと思えるくらいには……成長してる」


焚き火の光が、リナの横顔を赤く染める。

ユウは少しうつむき、手の中の剣を握りしめた。


「……まだまだだよ。けど、あの手紙を届けるって決めたから。

 一人前になるって、村のみんなに誓ったから」


リナは小さく笑った。

「真っ直ぐすぎて眩しいのよ、あんたは。……だから、目を離せないのかもね」


ユウが顔を上げると、リナはすぐに立ち上がり、背を向けた。

「勘違いしないでよ。ただの観察。あんたがどこまで伸びるのか見てみたいだけ」


その言葉にユウは小さく笑った。

「ありがとな」

「礼なんていらないわ」


しかしその背中は、いつもより少しだけ柔らかく見えた。

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