第12話
黒衣の剣が振り下ろされた、その瞬間。
ユウの胸元で、氷狼の欠片が青白く輝いた。
――グォオオオォォォン!
遠雷のような咆哮が、ユウの内側から響いた。
次の瞬間、彼の身体を氷の光が駆け巡る。
「なっ……!」
黒衣が目を見開く。
ユウは反射的に剣を構えた。
刃先が氷の光に包まれ、狼の牙のように鋭く輝く。
「これが……氷狼の力……!」
影の剣が再び迫る。
ユウは踏み込み、斬り結んだ。
金属音とともに、氷の火花が弾け飛ぶ。
今度は押し負けない。
むしろ、影の腕がわずかに揺らいだ。
「小僧……これほどの力を……!」
カイが横から叫ぶ。
「いけ、ユウ! その牙で叩き返せ!」
ユウは全身の力を込め、剣を振り抜いた。
氷狼の咆哮が雪原を揺るがし、影の身体を弾き飛ばす。
影は雪に膝をつき、フードの奥で息を荒げた。
「……氷狼の牙を宿す者、か。
だが覚えておけ――その力はお前をも蝕む」
不気味な言葉を残し、影は吹雪に紛れて姿を消した。
ユウは剣を握りしめたまま膝をつく。
氷の光は消え、息は荒い。
それでも胸の奥には確かな感覚が残っていた。
――自分は一歩、強くなった。
「ユウ……!」
カイが駆け寄る。
ユウは汗と雪にまみれた顔を上げ、笑った。
「……勝てる。
次はきっと、もっとやれる」
吹雪が収まり、雪原に月が浮かんでいた。
二人は焚き火を囲み、疲れ切った体を休めていた。
「なあユウ」
カイが火を見つめながら言う。
「あの影……“王子の遺言が世界を滅ぼす”って言ってたな」
ユウは黙って手紙を取り出した。
厚い封はまだ開かれていない。
開ければ全てがわかるかもしれない。
けれど、それは自分の使命を裏切ることになる。
「……ぼくは開けない」
ユウは小さく首を振った。
「届けてから、自分の目で答えを確かめる」
カイは笑った。
「そう言うと思ったよ」
そのとき、ユウの荷袋から光が漏れた。
極光の欠片だ。
青白い光が夜空へと伸び、北の地平を照らす。
「……道標?」
二人は顔を見合わせる。
光はしばらく揺らめき、やがて雪雲の彼方に消えた。
「北のさらに先に、何かあるんだな」
カイの声にユウは頷いた。
次の目的地は決まった。
遠い、まだ見ぬ北の果て。
「行こう。
この欠片が導く場所へ」
焚き火がはぜ、二人の影を夜空に映した。
旅はまだ終わらない――。
吹雪を越えて数日。
二人の前に、小さな村が姿を現した。
雪に埋もれながらも、窓からは暖かな灯りがこぼれている。
「……助かったな」
カイが安堵の息を吐く。
村の名は スレイヴ。
北方の交易路の途中にある、わずかな人々が暮らす集落だ。
宿屋で体を温め、食事をとった後。
村長の老人がユウたちを訪ねてきた。
「旅の方……“光の柱”を見て、ここに来られたのでしょう」
ユウは思わず身を乗り出した。
「知ってるんですか? あの光を!」
老人はうなずく。
「あれは北の果て、氷海の向こうに眠る“白き塔”の導き。
我らが古より語り継ぐ、禁断の地のしるしじゃ」
カイが眉をひそめる。
「禁断の地……?」
老人は続けた。
「そこへ向かう者は、決して戻らぬと言い伝えられておる。
だが同時に――“失われた王の言葉”が眠る場所、とも」
ユウの心臓が高鳴った。
手紙、王子の名、そして塔。
全てが一本の線で結ばれ始めていた。
その夜。
宿の窓辺から雪景色を眺めながら、ユウは手紙を胸に抱いた。
「……白き塔」
その名は冷たい風よりも重く、胸にのしかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます