三択クイズが好きな女

烏川 ハル

三択クイズが好きな女

   

「はい、プレゼント!」

 美月みつきが私に差し出したのは、いかにもプレゼント用という感じに包装された直方体。

 水玉模様の透明なラッピングであり、中身が透けて見える。細長い白い箱だった。

「これは……。万年筆かな?」

「当たり!」

 私の小さな呟きに、彼女は手を叩いて反応する。

 開ける前に言い当ててしまうのは無粋かもしれないが、美月みつきは特に気を悪くした様子もなかった。


 ベストセラー作家とは程遠いものの、私は一応、文筆家の端くれだ。そんな職業を参考にすれば、贈り物として万年筆は思いつきやすいのだろう。ちょうど去年の夏、当時の恋人だった陽子ようこからもらったのも、やはり万年筆だった。

 あれは誕生日プレゼントだったわけだが……。


「だけど、なぜ? 今日って特別な日でもないよな?」

「はい、ここで三択クイズです!」

 私の質問に、美月みつきはクイズで応える。

「1番、私があなたのこと大好きだから。2番、今日じゃないけど、あと一ヶ月半で誕生日だから。3番、サプライズ!」


 こんな感じの三択クイズが好きなようで、彼女は会話の折々に三択クイズを挟んでくる。

 クイズといっても知識問題でもないし、かといってなぞなぞやとんちみたいな洒落た問いかけでもない。彼女の気分次第でどれを正解にしても良さそうな、いい加減な三択だ。

 今回の場合だって「どれを正解にしても良さそう」どころか、全て同時に正解となり得るわけで……。


「じゃあ1番……。いや、全部かな?」

「当たり!」

 美月みつきは満面の笑みを浮かべる。子供のように無邪気な笑顔であり、これぞ彼女のチャームポイントと感じるほどの、私の大好きな表情だった。


――――――――――――


 美月みつきと知り合ったのは一ヶ月ほど前。陽子ようこが亡くなって半年が過ぎた頃だった。

 ちょうど美月みつきも、それまで付き合っていた男性と死別したばかりだったという。そちらは交通事故だったそうで、私の方は詳しく事情を説明しなかったものの、一応「前の恋人とは死に別れた」という話だけはきちんと伝えておいた。

 似たような境遇だからとか、相憐あいあわれむとか。そんな通り一遍な理由ではないと思うが、とにかく私たちは、それからすぐに付き合い始めた。

 ただし、外で軽くデートするだけ。ここまではプラトニックな交際であり、彼女の部屋に招かれたのは今日が初めてだった。

 手料理を振る舞ってくれるというので、それが出来るまでの間、私はプレゼントの万年筆を眺めながら、手持ち無沙汰気味に座っていたわけだが……。


――――――――――――


「はい、お待ちどお様!」

 ふっくら炊き立てのご飯に、香り立つ味噌汁。メインは豚肉とニラのあんをかけた豆腐の旨煮で、きんぴらごぼうの小鉢や、ポテトサラダも添えられている。

 いかにも家庭料理といったふうで、なかなか美味しそうなメニューだった。ちらっと既視感を覚えるような感覚もあったが、ほんの少しであり、すぐに意識の底に消えてしまう。


「おお、豪勢な料理だね! では、早速……。いただきます!」

「うん。さあ食べて、食べて!」

 言われるがまま、箸をつけていく。少しずつ、一通り……。

 そして味噌汁に口をつけた瞬間、

「おっ! この味は……」

 驚きが声に出ると同時に、私は思わず固まってしまう。


 たっぷりの鰹節で出汁をとったような味。味噌汁なのに味噌よりもむしろ鰹出汁の味の方が強く舌に残る。

 亡くなった陽子ようこが得意とする味付けだった。


 しかも味噌汁だけではない。

 陽子ようこの味付け、そこに思い至れば先ほどの既視感の正体もはっきりする。豆腐の旨煮もきんぴらごぼうもポテトサラダも、ちょうど彼女が最期に作ったメニューの再現ではないか!

 あの夜、これと同じメニューで食事を済ませたあと。台所の流しで食器を洗う彼女の背後から忍び寄り、その首筋に手をかけて……。


――――――――――――


「だけど、なぜ……?」

 どうして美月みつき陽子ようこの料理を――しかもあの日のメニューを――再現できるのか。

 元カノの存在も死別の件も話してあるけれど、それ以上の詳細は全く告げていないというのに……。


「はい、ここで三択クイズです!」

 美月みつきの声が耳に入り、私は顔を上げる。

 改めて彼女に視線を向ければ、今まで見たことのない表情が浮かんでいた。


「1番、私は幽霊。2番、確かに一度は死んで埋められたけど、土の中で息を吹き返したから。3番、あなたに殺された彼女の、私は双子の妹だから」

 口の端を片方だけ大きく釣り上げて笑う美月みつき

 それは何度も私の心をざわつかせた、陽子ようこ独特の笑い方と瓜二つだった。




(「三択クイズが好きな女」完)

   

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三択クイズが好きな女 烏川 ハル @haru_karasugawa

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