生の責務

みなさんは生まれてきてよかったと思っているだろうか?私は思っている。感謝しても仕切れない。なんて幸運な呪いかと。今回は、少し短め。生誕の責任はどこまで続くのか、そんな話。


みなさんが存在しているのは母親があなたを産んだせいでもおかげでもある。母親がいなければあなたは生まれていなかったし、あなたの生物学上の父親と性行為をしていなければあなたは生まれてこなかった。そう考えるとすごく奇跡的で運命的に感じる人も多いだろう。要するに、あなたが今この文章を読んでいるのは、両親のせいでもあるし、おかげでもあるのだ。先ほどから口説くせいだのおかげだの言っているのは、この生誕という呪いが人によって意味が変わってくるものだからだ。自らの生誕を呪っている人たちにとっては、生誕に対して「おかげ」なんて言葉を使うことは皮肉以外の何物でもないだろう。私は生誕を呪っている側の人間なので、本当であったら「せい」とだけ書きたいところだが、生憎世界には生誕に感謝して心から喜んでいる人たちもいるので、そういった人たちの気持ちになり変わってみて、「おかげ」とも書いておいた。本質的には生誕を呪う者も、生誕を祝う者も変わらないのだが、その話は後でしよう。


私は生まれを呪ってはいない。生まれに呪われているつもりだ。私が生まれてきたせいで、この世の醜い部分を知り、苦しんでいる。輝きを知ることで暗闇はより強くなる。幸せだった記憶に私は呪われている。そういった意味では、生誕自体は幸せでも、不幸せでもなんでもない、フラットな体験である。もっとも、この体験のせいで人生が始まってしまうという点を除けば素晴らしい。そんな体験をしっかりと味わえて、私は恵まれている。親もとてもできた人間で、どうして私のような不良品が生まれてきたかわからないほどに恵まれている。最高の環境を台無しにしてきたと言えば私の人生は説明がつく。そんな私に、一つの疑問ができた。「産んでくれてありがとう」私は小さい頃から口にしてきたセリフだ。親が「生まれてきてくれてありがとう」と言えば「産んでくれてありがとう」と返していたような、私の淡い記憶がそう言っている。こんな会話ができるほどに恵まれている私の疑問は、いつまで「産んでくれてありがとう」と言えばいいのかというものである。正確に言えば、いつまで生まれてきたことの責任を親に取らないといけないのだろうという話だ。


「親のために誰かと結婚して子供を」「親のためにいい職に」こういったことを思う人はいると思う。話がズレるが、こういったことが思えないことが悪いなどと断じるつもりは一切ない。思想信条の違いとしか私は思っていない。神を信じる人がいるように、私は親を信じているだけだから。その事を念頭に文字を書くとあまりにも口説くなるので、言い切った書き方をする事を許して欲しい。さて、親のためにと我々は親を喜ばせようと、少しでも最短に報いようと努力する。だがその努力は鎖にもなりうる。本当は人間は生まれた瞬間に自由であるはずなのに、自らを縛る自由を行使して他の自由を犠牲にする姿。では生まれながらに自由の人間は、生誕に何の責任も負わなくてよいのか。私はそうだと思う。もしあなたが生まれてくる瞬間に誓約書にでもサインして、その親の元で生まれてくる事を望んだのならまた話は別だろうが、一般的に私たちは「産み落とされた」と表現するように唐突に人生を始められた被害者である。私の生誕は親のエゴでしかない。だがしかし、親のエゴによって私たちが喜び苦しめているのはまた事実。一切感謝しないのもまた青臭い行為である。時に人は忘れそうになるが、親と私たちは一人の人間といった点で対等である。もし人として劣っているから私の方が下等であるなどと抜かす人間がいようものなら、神の前に皆平等であるとでも私は言おう。それほどまでに人一人としては同じ存在なのである。それなのに、義務のように親の幸せを祈るのはお門違いというものだと思う。あくまで一人の人間として、親の幸せを、自らの幸せの次に祈ってあげることが、本当の責任なのではないのだろうか。きっと、あなたが尽くしたいと思えるような親ならば、親もあなたに尽くしたいと思っていることだ。だから、まずは自らの幸せを掴むがいい。その次に生誕の責任を負うべきだ。未成年に責任能力がないように、未熟な人間は生誕の責任を負えない。本当の意味で親に生誕の責任を負いたいと思うのであれば、人として成長した姿を親に見せてあげるべきだ。逆に言えば、それだけで良い。


この人生は親の人生の第何章かの前に、あなたという物語そのものである。だからあなたのしたいように。生誕を呪っている人たちは、親のことなど知らぬ顔をして、あなたのしたいように。結局はここに辿り着く。あなたのしたいように。この物語が物語として紡がれているのはあなたが生きているからだ。終わらせたければ終わらせるが良い。それもまた物語。だが、少しでももがきたいと思うのであれば、あなたのしたいようにもがけ。

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