宝物の言霊
大分冷え始めた或る夜の事…
後ろから猛烈な勢い、然もハイビームで迫って来る奴が居る、フルカウルに丸目二灯、マルチシリンダーから集合管を通し吐き出されるエグゾースト、此の音は彼に間違いない。
秋も終わりの或る日、市川の河口付近で上がった現場の記事とパトローネ、其れを受け取り俺は先にスタートしたのだが…。
蔵前橋通りを西へ本社を目指し新小岩駅を横目に駆け抜け平井大橋に入った、既に俺のVT-Zは大台を超えている。それでもミラーには追い上げて来る丸目二灯が映り平井大橋上で車線を譲る、俺のVTには彼の愛馬を追える余力は無い、左手を挙げて消えて行く…GSX400R。
俺もキチ〇イと呼ばれているが、彼は更にその上を行く『クレイジー』だった。
彼の所属は系列のTV局、俺達は締めの時間に間に合わせる為に走るが、彼らはには締めの時間は存在し無い、代わりに視聴率が付いて回る、皆さんも経験がお有りだと思う、ニュースで事件事故を眼にする時、最新の情報を探しチャンネルを変える事が有るだろう。
最初に目当てのニュースを見つけた放送局に視聴率が行く、だから見えない時間に向かってただ速く走る、放送中に託された物を届ける事を目指して。
俺達は動かせない時間に追い付くために走る、其処が彼等の目標タイムと違うだけ。
彼の在籍する局では彼以外の車両はオーバー750ばかり、その中で彼だけが400を使っていた。他のライダーに負けぬ様にこの時彼の相棒はサーキットでしか聞けない唸り声を上げていた。
以前休日の日中に彼に出会い一度だけガンマで其の脊を追った事が有る、一般道で大台を超え次の大台迄の中程になっていた、ハッキリと言う正気の沙汰じゃ無かった、まあ俺もキ〇ガイと呼ばれて居るから人の事は言えないのだが…。
VTとGSX-Rじゃ性能差が在りすぎて全開呉れても俺の眼の中に紅く小さく為って行くテールランプを見送った。
二日後の夜に俺は泊まり番、深夜近くの今日最後の当番乗務、系列の放送局へ翌日の朝刊を届けに廻る新聞配達、ラジオ2局とテレビ1局を廻る。
新聞配達の最後がテレビ局、其処で在る人に会える楽しみがある。確かに芸能人に会える事も有るのだが、俺は芸能界に全く興味が無く羨ましいとは言われるが其の有り難みが全く解らない…。
(´-`).。oO
局内のエレベーターに乗り合わせる事も在るのだが、TVや雑誌等で其の御尊顔にも見覚えは在るのだか、見た事は有るが誰何だろう?、其れ位にしか思って無かった。
俺のお目当ての方は確かにTVにMCとして出て居られたし原稿も読み上げられる、多分当時の日本人で知らない人が居なかった筈。ラジオ2局を回り最後の系列TV局へ、深夜でも通用口付近には何時もアイドルの追っかけの女の子が群がっている事が多く、人波を掻き分けながらその場所を目指す。
いつもの丸いテーブルにその方は居られる。
「お早うございます」お顔が上がる。
「いつもご苦労様」と返って来る。
初めてお会いしたのは雨の日の当番の夜。
「お疲れ様、いつもご苦労様、あれ?初めて見る顔だね」とおっしゃった。
「はい、入って二ヶ月です」と答えました。
「雨だから気を付けてね」
其の後続けてこう仰った。
「君達が居るからニュースが放送出来るし、こうやって新聞も読める、頑張ってね」
と言って貰えた。
冬「雪が降りそうだから・・」
春「暖かくなって楽に・・」
夏「暑くて大変だね…」
秋「涼しくなってバイクのシーズンだね…」
お会いする度に声を掛けて頂いた、今でも残念ながら芸能人には詳しくない、テレビに出ている人達の中で唯一のファンになった方でした。今はもう故人となって仕舞われて残念です、今も変わらずファンの儘で居ります。いつもの
「君達が居るからニュースが放送出来るし、こうやって新聞も読める、頑張ってね」
この言葉は私の一生の宝物に成りました、温かい言葉有難う御座いました。
逸見政孝様、貴方の一ファンより。
後半の内容は此の作品を読んで頂いた方に、知って戴きたかったエピソードです。毎回行ける訳では無いのですが憶えて頂いてました。
只、結構アイドルと呼ばれる人とエレベーターに乗り合わせると、何でこんなのが居るのという目で見られたり、中には『こんなのと一緒に乗りたくない!』と横に居るマネージャーに聴こえる様に言い放った清純派と呼ばれるアイドルも居た位でした。
今も芸能活動されている方ですけどね…。
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