異世界因習村
菜花
仲間の故郷
――というのが俺、カレルの前世の記憶である。
恋人もいないし両親も他界していた前世時代、唯一の心の慰めだったのが無料小説サイトだった。自分でも感情移入できるような主人公、自分でも今すぐ活躍出来そうな世界観。あー俺も異世界転生してえー……と思ってたら本当にするとは思わなかった。
気が付いたら赤ん坊になってて、しかも両親の話を聞くと魔法のある世界だと分かった。しかも魔法の素質を持つ人間はそう多くないのに、自分は突然変異なのか魔力の強いタイプらしい。
そんなのこう思うじゃん。うおおおこの力で大冒険してみてえ――!! って。
早く強くなって両親に楽させたいから、と言えば両親は感動してくれるし、近所の人達は孝行息子だと褒めてくれる。
魔法の習得は先生もいないのに上手くいったほうだと思う。制御に関しては……まあある魔法さえ除けば上手くいっている。
この世界での成人、15歳となった日、俺ことカレルはギルドに登録して冒険を始めることにした。
◇
さて登録したものの、近隣の村でそこそこ名前の知られていた俺の登録に周りは目の色を変えた。
「カレルくんって言うんだぁー。ねえ、私達と組まない? 見ての通り女ばっかりのメンバーでしょ? 防犯のためにも男の人が欲しいなって思ってたの」
「わあ、そうなんですね。あ、肩のところに蜘蛛が……じっとしててください、俺が取るんで」
そう言って目の前の女性に触ると、頭の中で声が反響した。
『ミルク臭い子供を騙すなんて訳ないわ。男なんてちょっと甘い言葉かければコロッと落ちるんだからちょろいもんよ。最初は甘くして、徐々に絞って……最終的には搾取がいのある奴隷にしてやるんだから』
「……取れましたよ。あとメンバーの件ですが、ごめんなさい。しばらくは経験詰むために一人でやりたいんです」
「あらぁそうなの? でも困ったらいつでも頼ってね!」
そう言って女性は離れていったが、カレルは溜息をついた。
カレルにはチートともいうべき特殊魔法が使えた。「人の心を読める」 という魔法が。
ただし使用には制限があり相手の身体に触れていないと読むことは出来ない。最初は面白がって使用しまくっていたが、段々辟易してきた。人間、良いことを思ってるなら口に出す。そうでないことは心にしまう。わざわざ口に出さない言葉なんてろくなものじゃないのが大半な訳で……。更に子供のうちは許されると思って女性で試しまくっていたら「あのさ、ベタベタ触ってくるのなに? キモい」 と言われてしまった。チート魔法だと浮かれていたが、よく考えなくてもそりゃキモい。相手からすれば勝手に心の中を覗かれるし、そのために触られるしで。前世でなかった魔法に浮かれてやりすぎたのだと猛省した。それからは必要以上に読まないようにしている。
なんならいっそ使わないほうが気が楽まであるが、流石に人生がかかってるかもしれないことでは心の中で謝りながら使わせてもらっている。
ギルドに登録したカレルは近辺で名の知れた魔法使いだったこともあり、多くの人間がパーティーに入らないかと誘ってきたが、カレルは全て断った。まあそういうことである。もしかしてこの世界、治安が悪いんだろうかとカレルはしばらく気が塞いだ。
幸いにもカレルの能力は高かったので一人でも困るようなことはなく、順調にランクを上げて親の仕送りを増やしていった。一人が当たり前になって勧誘も減るかと思ったが、かえって増えていった。『どんなに強くてもまだ15の子供だ。騙してしまえばこっちのものだ。もしこんな金の生る木が手に入ったら……!』 カレルは流石に神経が参ってきた。誰一人こっちを人間として見ていない。
こうなったら何とかして少しでもまともな人間を見つけて仮契約でもなんでもいいから仲間になってもらい、その人とパーティーを組んでるから間に合ってますって断ればいいんじゃないか? 朝も昼も晩も勧誘が鬱陶しすぎる!
そうして慎重に辺りを見た結果、隅のテーブルでいつも一人で座っている、銀髪青目のとんでもない美形の男が目に入った。
そういえばあの男の子、話しかけるなオーラ凄いから遠巻きにしていたけど、本心はどうなんだろう? もし金に困ってるとかあったら今の自分なら一括で払えるし……。
カレルは迷わずその美形の男のいるテーブルに行き、「相席、構わないかな?」 と聞いた。
「別に、いいけど」
「ありがとう! 君、よくこの席にいるよね? 前から話しかけてみたかったんだ。ほら、同世代の子って珍しいし。あ、君の年齢は?」
「16だが」
「俺の一つ上だ。あ、俺はカレル。君の名前は?」
「……ルジェク」
「ルジェクっていうんだ。よろしくな! 俺さ、前から冒険者に憧れててさ、最近自分でもようやく形になってきたなって思ってるんだ」
「へー……」
「魔物の討伐も故郷の村では定期的にしてたし、案外天職なのかもな。でも故郷では友人がいたけどここでは全然で……。村を出る時に簡単に人を信用するなって口を酸っぱくして言われたから今までずっと一人だったんだけど、そろそろ俺も仲間が欲しいかなって。ルジェクは? 俺が知らないだけで仲間いたりする?」
「いや……いない」
「あ、一人が好きなんだ? 分かる分かる。有名になっても金持ちになっても、一人の時間って大切だなって思うよ。心をリフレッシュする時間っていうの?」
口数の少ないルジェクに対してカレルは一人でも楽しそうに話しかけた。特に苦ではなく、前世でも人見知り気味の新人に対してよくやっていたし慣れているのだ。
表情を一切変えなかったルジェクがカレルの失敗談に口の端をあげてくれるようになった時、カレルはそろそろか、と思った。
「あれ、ルジェク、手首のところ傷がある」
「ん? ああ、今日の討伐でちょっとな」
「ちょっと貸してくれ。俺さ、実は治癒能力もあるんだ」
そう言って傷を治癒すると同時に心を読む。
『俺なんかに話しかけるなんて変な奴。でも悪い奴じゃない……か? 故郷思いの人間のようだし、信用してもいいかもな。俺も早く故郷の弟を迎えに行きたい。利用するようで悪いが、こいつと組んだらきっと今より稼げるだろうし……』
悪感情はなし。家族思い。利用することにむしろ罪悪感がある。……願っても無い人材ですとも!
「なあルジェク、君さえよければ俺と組んでくれないか? 自分で言うのもなんだけど、俺は役に立つと思うぜ!」
「……お前が望むなら」
◇
それからはカレルの生活は快適になった。「こいつと組んでるんで」 とルジェクを盾にして勧誘を断ることが出来るようになったから。
そのルジェクも評判以上に戦闘能力が高く、まともに先生に教わる機会があったらカレルなどとっくに越えてるのではないか? と思うくらい潜在能力があった。
茶髪茶目というこの世界では一般人オブ一般人なカレルと違って目を見張るような美貌に高い能力。偽チートは本物チートには叶わないのだなと思わされた。
とはいえ嫉妬をすることはない。前世だってスロースターターだった新人がめきめきと実力をつけて、「朝倉さんのおかげです! ありがとうございます!」 と言って来た時だって、嫉妬より充足感のほうが強かった。まあやったことなんて、落ち込んでるのかな? って時にご飯おごったくらいだけど。年取ると若い子が食べてる姿に癒されるんだよ。
ともあれ、ギルド内で何かと目立つバディとなった二人には、羨望よりも嫉妬が突き刺さった。特に最初に断った女性パーティーは爪を噛んで苛立ちに耐えていた。
新人を誘惑して味がしなくなるまで使い潰す。それが彼女達の性癖みたいなものだった。自分達が努力するのはイヤ。男だったら女のために働いて当たり前。苦情が来ても大元に賄賂を贈ってうやむやにする。そのうち結婚相手にぴったりな人間がやめたら適当に足を洗うつもりだった。
カレルとかいうやつ、地味男のくせに断りやがって。ルジェクもルジェクだ。こっちは断ったくせに地味男とは組むの? 私達への嫌がらせじゃん!
どうにか相手を加害者にしたくて女性パーティーは必死に粗を探した。するとルジェクが奇妙な村の出身と分かり、口の端が歪む。
◇
「故郷に帰る」
カレルはある日突然、ルジェクにそう言われた。
「え、それは……どうして?」
「……すまない」
あまりにも前触れなくそう言うものだから、カレルは不審を抱いたが、血の気の引いた真っ青な顔のルジェクに不満を言うことは憚られた。
「戻ってくるのか?」
「……分からない」
「なあ、ついていってもいいか?」
「駄目だ! あ、いや……俺の故郷は、閉鎖的だから……」
訳有りだ。あまりにも訳有りの風情だ。
しかも何か、重い事情を抱えていそうな気がする。しかしちょっとパーティーを組んだだけの男がどこまで立ち入っていいものか。前世でも同僚のプライベートをしつこく聞こうとするのはモラハラになるってあったし。
そうこうしているうちにルジェクは馬を借りて故郷に走って行った。
突然のパーティー解散に感情が追いつかず、ただ茫然としているカレルに事態をこうさせた原因の女が寄って来た。
「ルジェク君、帰っちゃったんだぁー。仕方ないよね、お家の事情じゃねぇ……弟くんが大変なことになっちゃったんだよねぇ。ま、私達には関係ないけど」
カレルは寒気がした。――何でこの人はルジェクが帰る理由を知っているのだろう? そう思ったカレルは、腕に胸を押し当ててくる女性をあえて避けなかった。
「一人は寂しいでしょ? やっぱり私達と組もうよ、これは運命なんだよ!」
『まさかルジェクがあの因習村と呼ばれる○○村出身だったなんてね。勧誘してたら縁が出来てたかも。騙されるとこだったわ。ま、ゴミ村から生まれたんだからゴミに帰ればいいのよ私を振るような男なんて』
カレルは女の腕をふりほどいてルジェクを追った。
このまま放置はやはり寝覚めが悪い。ルジェクに何があったんだ? 知らない人間からゴミと呼ばれる故郷って何だ?
◇
馬を三日三晩走らせてついたルジェクの故郷は、想像していたよりはるかに発展していた。ギルドのあった街よりも高い建物が多く、道は石畳、店が立ち並び活気にあふれる様は前世の東京を思い出させた。ここが因習村……?
カレルはやばそうな村と聞いて咄嗟に追ってきてしまったが、こうまで発展している村を見ると、もしかしてあの女性の早とちりとか勘違いだったりしたんじゃ? よく調べもせずに真に受けるなんて、今の自分はだいぶ恥ずかしいのでは? と思えてきてしまい内心悶絶した。しかし女性が間違っていなかったのだと次の言葉で理解することになる。
「おーい今日の公開処刑は今からだってよ!」
「本当? 早く見に行かなくちゃ」
「出店も出てるよね? 楽しみ!」
一瞬、脳が理解を拒んだ。
処刑? え?
楽しみ? え???
しばらく処理落ちしていたが、とにかく見れば分かるだろうと街の中心である広場に行くと……絞首刑が終わったらしい二人の男女の遺体が風に揺れていた。
気が付いたら、周りに誰もいなくなっており、遺体を片付けるため役人なのだろうか、一人の女性が縄から遺体を下ろしている光景が目に入った。
カレルは正気に戻ると、とにもかくにも情報を必要だと役人らしき女性に話しかける。
「すみません! 少しお話よろしいですか?」
「……え!? 私と、ですか?」
「はい! 私は旅の者で、この村のことを知らなくて……」
「ええとその、この仕事が終わってからでも構いませんか? 遺体を下ろして、そこの荷車で村の外まで運ぶんです」
「あ、お仕事中に失礼しました。なら自分も手伝います」
「いけません! これは罪人の仕事と決まっています!」
「自分は旅の者なので、この村の決まりには疎いんです。それに何かが欲しいなら対価を払わないといけないでしょう?」
「……」
女性はダナと名乗った。荷車で村外の死体安置所まで運び、それが終わるとようやく彼女の家で話が聞ける。
「それで、私にお話とは?」
「あの、この村で一番偉い人って?」
ルジェクを助けるにしても、まずはつてを得ないと話にならない。
「そんなことも知らずにこの村に来たのですか? 生き神様であるイーゴル様ですわ」
ダナは心底不思議そうにそう言った。カレルは情報不足のまま来てしまったことを恥じた。取引するには相手のことを知っていないと駄目なのに、今回は時間が無かった……。
「ええと、イーゴル様が生き神ですか? どうしてそう呼ばれているのですか?」
「どうしてって……まず彼が輪廻転生で前世の記憶を持ったまま生まれてくることは常識ですが」
「常識!? そんな人間がいるのですか?」
「貴方、本当にどうしてこの村に来ようと思ったのですか?」
「あ、すみません。とにかく、前世の記憶を持ったままイーゴル様が生まれて……それが尊ばれているんですね」
前世でも遙か遠くの国では記憶を持って生まれ変わる大僧正みたいな人がいた。この世界にも似たような風習があるのだろう、多分。
「イーゴル様の他とは違う素晴らしいところは、他人の前世も見えるということですわ」
「え?」
「血縁に犯罪者がいても、他人なのだから同じ罰を受けさせるのは不当ですよね。でもそれが同じ魂なら? 血縁よりずっと同じことを繰り返す確率は高いでしょう。予防したいと思うのはおかしなことではありませんよね? 治安を守る者として当然ですよね?」
「まさか……それで……?」
「先程処刑された男女は国民を虐殺した独裁者と多くの男を破滅させた女の前世を持人間だったようです。そして私も、前世で領民が飢えても贅沢を続ける女領主でした。だから……罰を受けても仕方ないんです。生まれながらの犯罪者だから」
狂ってる。カレルはそう思った。
前世? この世界に生まれて15年だが、少なくとも俺の生まれた村では前世なんて前の世界と同じくらい適当な概念だったぞ。ほとんどの人間がそんなもの覚えていない。覚えていないもののために裁かれる? 狂ってやがる!
「おれ、は、ルジェクという人間を、探してて……彼は……」
「ああ、先程処刑された男女の息子さんですね。昨日村に戻ってきましたが……。何だか密告があったらしいんですよ。よそでイーゴル様を馬鹿にしてるって。ルジェクさんがよく免罪符を買ってくれるから両親の罪を見逃していたイーゴル様もこれにはカンカンで。ルジェクさんを牢に入れてから両親を処刑されたんです。弟のほうはまだ一桁の子供なので、10歳になったら兄と一緒に処刑するそうです。それまでは同じ牢だそうですよ。イーゴル様は慈悲深いですね」
その価値観に吐き気を覚えたカレルだが、同時にどうしてこの女性はそんな価値観を受け入れているのだろうと疑問にも思う。
「ダナさん。まず初めに謝らせてください。俺には貴方の村の価値観が理解できない。だから前世のことが罪になるとは思えない。貴方だってそんなもののために裁かれる必要なんてない。貴方は無実だ」
「え……」
「逃げましょうダナさん。貴方みたいな旅人の俺にも優しい人がそんな訳の分からない罪状で罪人扱いされるだなんて許せない!」
そう言ってダナの右手ををぎゅっと握ったカレルだが、次の瞬間、ダナの手がすっぽぬけた。手首はカレルの手の中にあるのに、ダナとは繋がっていない。あまり綺麗でない切断面がよく見えた。
意識が飛びそうになった。
「あ、もうここまで脆くなってましたか。……私、処刑済みなんですよ。特殊な処刑方法でして、死ぬ前にゾンビになる薬を飲んだんです。だからこの身体が朽ちるまで奴隷なんです。だから……助けられても無駄なんです」
「あ……う……」
「びっくりしました? まあそうですよね」
「……酷すぎる。こんな罰が……」
「イーゴル様だから可能な罰なんですよ? それに酷いとは思いません。痛覚は無いし、身体が完全に朽ちれば罰は終わりだし、案外優しいと思いません?」
耐えきれずにカレルはボロボロと泣いた。60年近く生きて人の世の酸いも甘いも知り尽くしたつもりだった。――つもりでしかなかった。
泣き続けるカレルを見てどう思ったのか、ダナは「ルジェクさんには会わせられませんが、イーゴル様には謁見が可能ですよ」 と言った。
カレルは無言でうなずいた。
そして手首を返そうとしたが、ダナは少し考えたあと「しばらく持っていてくれません? もしかしたらすぐ必要になるかも」 と言われて理由が分からないながらも保存魔法をかけて大切に持ち歩くことにした。
◇
謁見の場所は昨日の公開処刑があった広場にしてもらった。人目があるところが望ましかったからだ。
カレルの目の前で豪華な椅子に座るイーゴルという男は、とても聖職者には見えなかった。40代だと聞いていたが、でっぷりと太った運動不足の身体は60代にも見える。どこかに罪人はいないかと常に探っているようなぎょろぎょろと落ち着きのない目。カレルを見てすぐ舌打ちした挙句「こんな貧相な者が俺様に用とは図々しい」 と言う言動。
しかしカレルは前世の年の功で不愉快さをおくびにも出さず礼を取った。
「カレルと申します。高名なイーゴル様を一目でも見られればと思い田舎から参りました。どうかご挨拶を……」
そう言って土下座をしたあと、座るイーゴルの足ににじり寄る。
「おい、何のつもりだ」
「わたくしの故郷では尊敬してやまない方の足に接吻する風習がございまして、ご不快でなければどうか……」
イーゴルは一瞬迷ったが、部下からカレルのことは多少聞いていた。出身地方のギルドでは神童としてもてはやされているらしい。そんな人間が自分に跪くのはまあ、悪い気はしなかった。
「ふん、好きにするがいい」
許可を得たカレルは迷わず足に接吻した。長々とやっても疑われないためにはこうするしかない。
『神童などと言われているが、見た目はどこにでもいる少年だな。こんな人間がもてはやされるとは世も末だ』
『ダナの紹介だったか。あの女、ムカつくんだよ。俺が遊んでやるって言ってるのに断りやがって何様だ。あんまり腹が立ったから前世の罪を暴いて処刑してやったぜ。美人だった自分が腐っていく様子はさぞつらいだろうな~。それもこれも俺の誘いを断ったからだざまぁ』
『つーか皆バカだよな。俺様は確かに前世の記憶を保持し続けられるし他人の前世も見えるけどさ、前世なんて人一人につき何十回あると思ってるんだ? 誰だって悪人だった前世くらい一個はあるっつの』
『ここまで長かった。自分の血縁に自分の魂を下ろし続ける秘法を編み出して徐々に村の権力を握り、脛に疵持つ金持ちに前世は悪人だと弾劾して財産を没収、更に儲けを得る。なんせ前世に悪人がいること自体は嘘じゃないし? 自分に被害が及ばないなら大抵の人間は黙っちゃうんだよな~本当に俺様以外みんな馬鹿』
『次第に俺様の気に入らないやつを奴隷にして儲けを得るのが快感になってきちまったんだよな~村も潤うし俺様天才じゃん?』
『あの気に入らないルジェクのやつもとうとう牢屋にぶちこんでやったぜ! ざまぁ! 俺様より顔が良いってだけで許されねえんだよ! 美形遺伝子は絶やしてやらないとな。この村に俺様以上の美形はいらん。美形が俺様に跪く姿は見ごたえあったが、それもここまでだ』
『……つかこいついつまで接吻してるんだ? 俺様は男の趣味はないんだがな』
カレルは接吻をやめ、すっくと立つとイーゴルを殴り飛ばした。殴り飛ばされたイーゴルは「ヒャバッ!?」 と奇声をあげて吹っ飛んだ。民衆にどよめきが走る。
「よく聞け! 俺は人の心が読める魔術師だ! だから今分かった! こいつの言う前世は全部でたらめだ!」
民衆の中にイーゴルを庇う声は見られなかった。皆利益を享受しながらも、次は自分ではないかと怯えていたのだ。それでもイーゴルの私兵はカレルをつかまえようと腕を握る。
「ほう。お前さん、今夜浮気相手に会うつもりなのか。グラジオラスの本数で会う時刻を決める? 風柳だな」
言い当てられた兵士は「ひっ」 と言いながらのけぞった。別の私兵がカレルをつかまえようと触る。
「村を出た妹が病気? こんなことしてないで会いにいったらどうなんだ。妹が潔癖だから殺しをしたら会いたくない? なら殺さなければいいだろう」
やはり言い当てられた不気味さにカレルから離れてしまう。また別の私兵が拘束しようとするのだが。
「……君は……ルジェクの幼馴染か。悪いな。もっと早く来ていれば、両親の処刑を止められたかもしれないのに」
次々とただの旅人が知るはずもないことを言い当てて、村人は少なくともカレルの言うことは本当なのだと知った。そうするとイーゴルに向けられる目は……。
「な、なんだお前ら、その目は!? 俺様がこの村を富ませてやったんだぞ、それもこれも俺様が唯一無二の存在だから!」
殴られた痛みで今だ這いつくばっているイーゴル。その彼につかつかと歩み寄り、強烈なビンタをかました女性がいた。
「……母さんが、罪人だからって。私があんたに奉仕すれば許されるって……脂ぎった臭い男相手でも我慢して奉仕してきたのに、全部、嘘なの?」
カレルは彼女がダナと同じようにイーゴルが誘惑して、成功した女性なのだなと察した。いやイーゴル的には成功なのだろうけど、彼女にとっては……。
「ち、ちが、嘘を言ってるのはあいつだ! ほ、本当だ!!」
「うるさい! うるさい!!! この期に及んで見苦しい!! 私の人生を返せこのクソ爺!!!」
その女性を皮切りに、後から後から女性が出て来てイーゴルをビンタし始めた。どんだけ手を出してたんだよあの好色爺、とカレルは引いた。
しかしここまでとは思っていなかったが絶好の機会だ。騒ぎに紛れて広場を抜け出し、ルジェクと彼の弟のいる独房に向かう。
「ルジェク! 助けに来たぞ!」
「……カレル!?」
カレルはひとまず牢屋の鍵の部分に手をかざす。バチリと弾かれた。
イーゴルは最低最悪の人間だが、魔法の扱いに関してはカレル以上の天才に違いない。あらゆる特殊魔法を編み出して、もしもの話だが特許を得ればこの世界一の金持ちにだってなれたかもしれない。軽く数百は取れる。
この牢屋の鍵も、イーゴル本人かもしくは死んだ者でないと解錠されない指紋認証のようなシステムになっている。絶対出したくないからってえぐい魔法開発するじゃん。
けれどあらゆる魔法を開発したせいか、お互いを相殺するような魔法も出てるんだよな。ダナさん、お力をお借りします。
カレルはダナの手をかざして解錠した。前世では死体だと指紋認証は出来ないと聞いていたが……その辺はイーゴルだけあってガバガバなようだ。
「ルジェク、二度と村には戻れないかもしれないけど、出るか?」
「……両親もいないこの村だ。弟と一緒に出て行く」
弱ったルジェクの代わりにカレルが弟を抱きかかえ、いまだ騒ぎになっている広場を避けて村から脱出した。
◇
ひとまず安心できそうな場所まで逃げて、二人は息を整えた。
そこまで来てやっとルジェクの弟が目を覚ました。9歳と聞いていたが、痩せすぎていて年より幼く見える。
「……だれ?」
「あ、初めまして、お兄さんの友人です!」
「お友達? にいちゃんは?」
「ヨナタン!」
「にいちゃん、とーちゃんとかーちゃんは?」
三人の間に、重い沈黙が流れた。それを破ったのはルジェクだった。
「兄ちゃんだけじゃ、駄目か?」
ヨナタンは兄に手を伸ばし、察したルジェクがヨナタンを抱っこした。
「ううん。でも、にいちゃんはいなくならないでね……」
カレルは思わず目頭を抑えた。年を取ると涙脆いのだ。
ちくしょう、俺が、俺が二人を守るんだ……! これまで順調だったから忘れてたけど、異世界だって悲劇はあるんだよな……。傲慢かもしれないけど、目の前の人間くらい守ってやりたいんだ。
自分よりつらい二人の前で泣かないために上を向いた。
ああ、空はあんなに青いのに、元の世界みたいなのに。
異世界因習村 菜花 @rikuto
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