第12話 REVERSI
か弱き乙女を自認している時期があった。
純黒愛という人間には似合わない像が、私の心の中で踊っていた。
今になって思う。
いつもまでも踊ってくれていれば、今の私はこんなにひねくれていないし、もっと能天気だったのにって。
人はいつだって自分にないものを手に入れたがるし、憧れる。そういう意味では今の私には、純粋な乙女になりたい、なんて願望があるのかもしれない。
高校の入学式の日のことだ。
式が終わって、校門を彩る満開の桜には人が殺到していた。そのせいで息苦しかった私は、写真を撮りたがる母親を無視して帰ろうとしていた。幸せそうな家族ばかりでなんだか気分が悪かった。胸が押し付けられる感じで。
だけど帰ろうとする私に母はしつこく食い下がったから、仕方なく一枚写真をとることになった。
校門から少し離れた桜の木の下で私は口角を僅かに上げた。
大分花びらを散らして人気のない木と、その下で無理して口角を上げる私は何とも滑稽なものだった。
「やっぱり愛は美人さんねぇー」
鬱々とする私と対象的な母親は、そう呑気に言った。
「別に普通でよかった」
「まったく卑屈ねぇ。今に見てなさい? 絶対、あー! 得したー! って瞬間がくるんだからね。美人は最強なのよ」
「……だといいけど」
他者に美人と言われることはたまにある。言い寄ってくる人もいる。この顔をうらやましがる人もいた。
私からすれば、ふーんって感じだった。
この顔のせいで何度かひどい目にあったこともあるし、別に素直に喜べるものでもない。
別にいい。
卑屈に加え無気力で自分が不幸せであることを疑わない女の子、それが私なんだ。
「じゃあいこっか」
手を繋いでこようとする母の手を払いのけて、校門にさしかかる。喧騒に入り込んだ。やはり五月蝿くてかなわない。
「ね、ねぇねぇ! 見て見てあの子ー!」
母ははしゃぎながら、校門前の桜を指差した。
その方を向いてみる。
私は息を飲んだ。
まるで桜の花びらが彼女を祝福しているようだった。
「これまたすごい美人さんがいたものだわ」
「なんて……可愛い子」
卑屈で無気力で不幸せな私には眩しかった。
そしていつのまにか、縋るような眼差しを送っていた。
あまり認めたくはない。
やはり私の心の奥底にはまだ、輝きたがる私がいるのかもしれない。確かに、のらりくらりと高校生活を送っているうちにいつしか青春みたいなきらきらした日常に変わっているみたいな想像をしたことはあった。だけど想像しただけで、憧れたつもりはない。
可愛いが爆発してるあの子はもう、友達みたいな人たちと談笑していた。
私はあの子になにで負けているんだろう。眺めていると私の想像する青春なんて絶対に実現しなさそうだ。
そんな礫のような光は私にはないんだと知った。
どこまでいっても私は純黒愛で、とどのつまりは裏なんだ。
羨ましい、悔しい。
自分が憎たらしい。
「でも、お母さんにとってはあなたが一番輝いて見えるわ」
母は呵々と笑った。
「別に私は……あんな輝いてない」
「じゃあ、あなたは月ってことね。お母さんは月のほうが好きよ。ずっと見てられるもの。それに、かっこいいじゃない」
「うへぇ……」
そうやって、母はすぐ私を持ち上げようとする。
「まぁ、私も月のほうがすきだけど。太陽と違って、ずっと見守っててくれる感じが」
太陽みたいなあの子はきっと学校ですぐ人気者になるんだろう。
月には出番がない。
学校って、社会ってそういうもの。
「ふふ。愛ならきっと学校でもうまくやれるわよ」
「急になに?」
「いいや? さ、帰りましょ」
依然として、あの子の周りには人集りができていた。みんなに話しかけられていて、彼女は穏やかな笑顔で応えていた。
花吹雪にあてられて、マスクの隙間に花びらが入り込んだ。
マスクを取った。なおも私はあの子を見つめた。
「月だって、夜になれば主役になれる」
私の中で眠っていた嘗ての像がむくりと腰を上げた。
冴えない私だって光の中にいたい。
そう思ったんだ。
◆
気がつけば、もう6月に入っていた。梅雨も目前だ。
笘篠さんと友達になろう大作戦を無事に終え、俺と笘篠さんはしばしば遊ぶようになった。
学校ではお互い、同性の友達同士で固まっているため話すことはないものの、プライベートでは結構仲良しである。明里さんと接触したい気持ちはあるが、とりあえず今は休憩ってことにしている。
ということで今日はいつもの公園で笘篠さんとダンス!
ではなくファミレスで勉強会をしていた。
「あーあ、中間テストかみかくしにあったりしないかなぁ。ねぇ東くん」
「中間どころか期末も一緒に消えてほしい」
「ほんとにね。あと梅雨もやめてほしい」
ファミレスで女友達と勉強会をすることは非推奨だ。なぜなら勉強にならない。
笘篠さんと言えば、意味もなくアイスティーの中の氷をストローでコロコロ混ぜている。
「色々消しすぎてるなぁ」
「だって、ダンスできないんだよ? 来る文化祭のためにたくさん練習しておきたいのに」
「え、まって、文化祭で踊るの?」
「そうそう。明里ちゃんたちと」
「それやばい。めっちゃ盛り上がるって」
「でしょ。流石にバズるよ。ていうかバズらせる」
「目指せ100kか」
「それ実現したら嬉しいなぁ。ま、明里ちゃんのミスコン動画でも出せば簡単にバズらせられるだろうけど」
「去年のミスコンとかめっちゃ盛り上がってたし、動画にしてたらやばそう」
「あー確かに」
去年のミスコンの圧倒的優勝候補だった明里さんと突如現れたダークホース、純黒愛の世紀の対決!
みたいなのがでかでかと校内新聞の見出しになっていた。
正直、俺が色々手を打たなければ明里さんは負けていただろう。
そもそも明里さんは勝とうともしていなかったが。
しかしそうか、文化祭になったら色々と忙しくなるな。
「てかそうだった。笘篠さーん、勉強しないと」
「えー、もう次回にしようよ。中間までまだ時間あるし」
「うーん……まぁいいか!」
流されてしまった。
ほらね、だから勉強会なんてやるべきじゃないんだ。
集中できないんだから。
何よりたちが悪いのは、眼の前で楽しいそうにお喋りする彼女を見ると、まぁいっかと思ってしまうことだ。
まぁいっか。
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