第11話 幼なじみを照れさせるだけ


俺の幼馴染、春野萌奈を一言で表すなら才媛である。

容姿、頭脳、運動神経、性格良しのハイスペック女子。非の打ち所がない。


そんな子と家が近いという偶然によって親しくなれた俺はとても恵まれている。

恵まれている、恵まれている。

恵まれているのに、いまいちその感覚に浸れないのはなぜなのか。

それは俺が彼女の知られざる非の打ちどころを知っているからかもしれない。


「は? は? はぁぁ!?」


俺は知っている。

萌奈が生粋の負けず嫌いであることを。


この男勝りな気質は常に楚々と、淡々としている彼女からは想像できないだろう。


ゴールデンウィーク前に萌奈の家で遊んだとき、つい俺は悪戯心で彼女のその気質に火をつけてしまった。

不得手なゲームで幻想の勝ちを拾った萌奈は調子に乗った末に格闘ゲームという土俵に引きずり出され、妹にまんまと鼻っ柱を折られたのである。

あの時の悔しがる萌奈は見ものだったなぁ。


ああ、もう一度、見たいなぁ。


攻略に一区切りがついて、そんな欲望がはたと溢れたので、俺は今愛結の部屋で観戦している。


「は? いやそれ繋がるとか聞いてない聞いてない!」


萌奈ちゃんガチギレである。


「お姉ちゃん、負けたら地雷系メイクだからね」

「でも私が勝ったら、愛結がするんだからね」

「どっちが負けても俺としては美味しいの神」


攻略の休憩が始まって1週間が経った。5月の終わり間際となったある日、愛結から招待のメールが来た。


『お姉ちゃんが私にリベンジしたいらしいから立ち会ってほしいのです』


聞けば、どうやら萌奈はずっと件の格闘ゲームに打ち込んでいたらしい。最近の学校での萌奈が少し眠そうだったため腑に落ちた。

負けず嫌いが久しぶりに発動したらしかった。


そうして、金曜の放課後という最高のタイミングで、熱き戦いが繰り広げられているわけだ。


「おぉ、お姉ちゃんやるじゃん。ちゃんとコンボもできてる」

「……」


3本先取のリベンジマッチ。

おっと、先に1本取ったのは愛結選手。ここぞとばかりにお姉ちゃんを煽る煽るー!

しかし萌奈選手、愛結選手の果敢な煽りに一切動じません! ただ静かに息を整え、闘志を滾らせているようだ!


「ど、どっちも頑張れー」


姉妹対決を傍から見守っている俺としてはどっちも応援したい。

もちろん弟子には頑張ってほしい。しかし、今回の萌奈はガチのマジなのだ。この日のためにすべてを捧げてきたみたいな気迫を感じる。まさしく主人公感。

これにはつい自己投影してしまう。


「……」

「……」

「……」


室内にはカチカチとボタン連打の音だけが響いている。


聞いて驚け、ていうか俺が一番驚いている。現在なんと2対2の接戦である。


序盤の愛結の舐めプが後にひびいてるとはいえ、萌奈の上達ぶりには驚かされる。


「はぁ、はぁ」

「……」

「ひりつくねぇ」


最後の一本、ここに来て愛結が萌奈の立ち回りを見切り始めた。


「ぅっ……!」


はっきり言うと、萌奈が使用している俺様系侍はクソキャラである。攻撃の火力もスタミナもハートポイントも、すべて高い。おまけに確実死のコンボまで持っている。


おそらく萌奈はそのキャラのコンボを覚え、効率的に強くなった。

賢いやり方なのは言うまでもない。


が、少しばかり愛結の努力を舐めすぎかな。


「くっ……この俺様……が」


俺様系侍キャラの悲痛な叫び。


「ふぅぅ、あ、危なかった」

「…………」

「流石にまだ愛結の方が強いか。それにしても萌奈、めっちゃ強くなってんじゃん」


空気が試合開始前と開始後で違いすぎる。

萌奈はというとリザルト画面を見つめたまま黙り込んでしまっている。どうやら本気で悔しがっているようだ。


「……私ね結構本気だったんだ。勝ちを確信してた。本気の努力をしたつもりだった。なのに、負けた。あー、これちょっと本気でくやしいかも」


とうとうと語りながらコントローラーを握りしめ、萌奈は立ち上がった。


「愛結、次は負けないから」

「え、うん」

「姉を本気にさせたみたいだな、愛弟子よ」

「愛結の次はあんただから!!」


萌奈の人差し指が俺にまで向けられる。ツインテールを揺れている。ていうか萌奈、頼んだ俺が言うのもなんだけど、そろそろツインテールやめてもいいんだぞ?


「それでお姉ちゃん、罰ゲームは?」

「罰ゲーム? ……あ、ぇ」

「萌奈、これも強くなるためだ。受け入れろ」

「ちょ、えへへ、えと、本気? 着るの? あの衣装」

「もちろん。師匠にもちゃんと見せるんだよ」

「安心しろ萌奈、ちゃんと目に焼き付けるから」

「勘弁してぇ……」


人を駄目にするソファに身を埋めたって無駄だ、諦めろ。


「絶対似合うからやろ! 師匠も見たいですよね?」

「見たい。可愛いだろうなー」

「んんもうぅぅ!!」


だから身を捩ったって無駄だ。諦めるんだ萌奈よ。


「分かったわよ。や、やればいいんでしょ! あーもうっ」

「うんうん、それじゃあ早速、着替えよっか」

「じゃあ俺、リビングの方にいるから」

「はい師匠! 仕上がり次第、お呼びしますね。30分くらいかかるかも」

「分かった」


そうして、罰ゲーム執行ということで俺はリビングで待機となった。「いやー!」

という叫びが聞こえた気がしたが、多分気のせいだ。そういうことにしよう。





随分長い間待った。

1時間くらい経ってから愛結が呼びにきた。


「おまたせしました、師匠!」

「いや本当にな!?」

「抵抗されましてね、対処に時間を取られてしまいました。ではお入りください」


そうして愛結の部屋のドアを開けると、そこには地雷系メイクを施された萌奈が……いないけど?


「カーテンの裏に隠れているようですね。私がめくります」

「いや、ここは俺が」

「そうですか」


目を凝らしてみれば、カーテンに確かな膨らみがあった。

カーテンの端から中に入って、萌奈の方に進むと一房の髪が見えた。


「萌奈」


ザ、地雷系女子が確かにそこにいた。ガーリーな服に濃いめのメイク、そしておっふ黒タイツ。


「……えっと、どう? かな」

「やっぱり似合ってるじゃん。可愛いよ、うん」

「えー、ほ、本当に?」

「ほんとうだよ」


そう言うと萌奈は珍しく照れた感じの態度を見せた。赤らめた顔を手で覆って、あうあうあう言っている。

久しぶりに彼女を照れさせることに成功した。


「それで写真撮って良い?」

「だめ」

「可愛いのに」

「だめ」

「でも」

「だめっ」


そのあと写真に収めたい俺と拒絶する萌奈の激しい攻防が繰り広げられたが、結局俺は敗北を喫したのだった。


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