第38話 護衛騎士システィナの護衛記録
誘拐未遂事件の後、王命により。私たちはリリ様の護衛を命じられた。私、システィナ・アルファードと、明るさが取り柄のリリア・アムゼルの二人体制だ。王命である以上、完璧な護衛を果たすのが私達の使命だ。しかし、初日から、その「完璧」が崩れ去ることを予感せざるを得なかった。
「え、どうして? リルがいつも、お送りしてくれてるから、大丈夫だよ?」
きょとんとしたリリ様が発した言葉は、純粋そのものだ。リリアが「王命です」と説明すると、リリ様はすぐに納得したが、その後の行動は、私の訓練と常識を遥かに超えていた。
まず、リリ様は馬車をお使いにならない。いつも、リル殿の背に乗ってどこまでも行ってしまう。私たちも馬で追うのだが、すぐに追いつけなくなってしまう。
「リリ様、あまりお急ぎになられませんように……」
私が冷静に注意を促しても、リリ様はすでに私の視界の先をぴょんぴょんと跳ねるように進んでいる。まるで、危険という概念が存在しないかのように。
そんな私達の様子を見て、リル殿はスピードを緩めてくれる。我々がついていけるように。
「見て! あそこに、綺麗なちょうちょさんがいるよ!」
道端の蝶に立ち止まり、微笑むリリ様を遠巻きに見ながら、リリアは呆れたように言った。
「まったく……。リリ様は、まるで、森の妖精のようですね」
私も同感だった。彼女の周囲だけ、世界の時間の流れが違う。
「リリ様は、護衛という概念が通用しない方です。私どもも、臨機応変に対応するしかありませんね」
プロとして、そう結論づけたが、口元が緩むのを抑えられなかった。これでは、護衛ではなく、引率だ。
そして、ある日のこと。その規格外の事態は起こった。
「ねえ、システィナさん! この石、もしかして、魔石になるかな?」
リリ様は、本当に何の変哲もない、ただの道端の石を手に取られた。私は即座に否定しようとした。魔石の生成には、特殊な環境と膨大な時間が必要だ。
「リリ様、それはただの石です。魔石は、もっと特別な場所でしか……」
私の言葉を遮るように、リリ様は石を握りしめ、呪文を唱えた。
「生成!魔石クリエイト!」
その瞬間、リリ様の手から光が溢れ、握られた石が、まさしく美しい宝石のような魔石へと変化した。
「なっ……!」
私とリリアは、驚きに言葉を失った。魔法の常識が、目の前で音を立てて崩壊したのだ。
「見て! ほらね! 魔石になったよ!」
な、なんで、道端の石が、魔石に!わけがわからん。
魔石というのは、多くは魔物の中にあり、魔物を倒して手に入れることが出来るのだ。それが、生成出来るとなると、この世の常識が覆った瞬間だった。
得意げなリリ様の笑顔は、純粋そのもの。悪意も企みもない。ただ、「できる」から「した」というだけだ。
「リリ様、あなたは一体……リリ様、魔石が生成出来ることは内緒にしておいた方いいと思います」
「え?生成はダメなの?」
「ダメでは、ありませんが・・・そうだ、ユリウス殿下にこの事を報告します、ユリウス殿下から許可をもらいましょう」
申し訳ないが、一介の護衛如きが決めていいことではないので、殿下に振っておこう。すみません、殿下
私は、もはや護衛騎士としてではなく、一人の人間として、リリ様という存在の計り知れなさに圧倒された。
隣のリリアは、高らかに笑う。
「ははは! システィナ、リリ様は、僕たちの常識が通用しないお方なんだって、もう諦めた方がいいよ!」
リリアの言う通りだ。だが、諦めたわけではない。彼女の護衛は、世界中の常識から彼女を守ることなのかもしれない。
しかし、そんな毎日が、不思議と苦ではなかった。むしろ、私の堅苦しい日常に、鮮やかな色彩を与えてくれる。
「リリ様といると、毎日が楽しいですね!」
リリアの言葉に、私は静かに頷いた。
「ええ。この仕事は、退屈とは無縁のようです」
リリ様という規格外の存在は、私の騎士としての技術だけでなく、人間としての柔軟性を試している。そして、この記録こそが、私がリリ様の護衛という名誉ある任務を、心から楽しんでいる証拠なのだろう。
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