第36話 聖王国の教皇ヨハネス、苦悩する。
ロザリア王国から、少し離れて所に聖王国シェーヴェルクがある。
小国ながら、この世界、唯一の宗教の総本山で、世界中から多くの信者が巡礼に訪れる。今日も神殿は巡礼の信者達で賑わっていた。
その最奥にある教皇庁で、その様子を眺めていた教皇ヨハネスは、古い木製の机に向うと、深くため息をついた。
「ふむぅ……」
ヨハネスは、白く長い髭を撫でながら、手元の羊皮紙を眺めます。そこには、ロゼリア王国の隣国から追放された少女、リリに関する報告が記されていたのだ。
「生活魔法しか適性がない、とな? それで、この奇跡の数々とは、一体どういうことじゃ」
ヨハネスは、首を傾げて報告書を読み返します。ロザリア王国のミーナ王女の病の治癒、聖剣の打ち出し、そして、つい最近の学園でのダンジョン実習での活躍、そして、万能薬の生成。報告書に書かれていることは、常識では考えられないことばかり。
およそ、生活魔法とは思えぬ奇跡の数々
「フム、フム……。このリリという子は、誠に興味深い。何よりも、その行いが、すべて人々を思いやる心から来ている、というのが素晴らしい。これこそ、真の聖女の行いじゃの」
ヨハネスは、リリの才能よりも、その心根に感心しました。
「ぜひ、一度、この目であの子に会ってみたいものじゃ。孫のフローラとも、きっと良い友達になれるであろうに」
聖王国には、聖女と呼ばれている少女がいます。ヨハネスの孫娘で当年10歳になる、可愛らしい子です。
魔力にも優れ、聖魔法を得意としていました。
今日も、巡礼の信者達を癒しに出かけています。
ヨハネスは、そう呟きは、同年代の友達がいない、孫娘の事を不憫に思ったのでした。
その時、一人の司祭が、血相を変えて駆け込んできました。
「教皇猊下! 大変でございます!」
「おお、どうした、そんなに慌てて。落ち着いて話しなさい」
ヨハネスは、驚きながらも、優しく声をかけます。
「実は、ロゼリア王国にて、リリ様の誘拐未遂事件が起こりました! 幸い、白い狼と騎士たちによって、事なきを得たようですが……」
「な、なにぃ!? 誘拐未遂だと!?」
ヨハネスは、その報告に、思わず椅子から立ち上がりました。
「どこの国の者じゃ!?」
「それが……ロゼリア王国の隣国、あちらの教会の、一部の暴走した信徒たちが画策したようです……」
司祭の言葉を聞き、ヨハネスは、深く頭を抱えました。
「まったく、愚かな者たちじゃ! リリ殿の清らかな心を、力で奪おうなどと! これでは、ロゼリア王国に対し、わが聖王国の名誉まで傷つけてしまうではないか!」
ヨハネスは、怒りよりも、事態の深刻さに、顔を曇らせました。
「司祭よ。直ちに、謝罪の使者をロゼリア王国へ送る。わが聖王国は、今回の件に一切関与していないことを、誠心誠意伝えねばならん」
「かしこまりました。しかし、どなたを……?」
ヨハネスは、一瞬考え込むと、決意に満ちた表情で言いました。
「うむ。ここは、わしの大切な孫娘、フローラを行かせよう」
「聖女フローラ様を!? しかし、あまりにも危険では……」
司祭が止めようとしましたが、ヨハネスは首を横に振りました。
「よい。フローラなら、リリ殿と心を通わせることができるはずじゃ。リリ殿を保護しておられる、ユリウス殿下に親書を託そう。わしの気持ちを伝えてほしい」
ヨハネスは、孫娘に託す謝罪の言葉を、優しく、しかし真剣な眼差しで選びました。
「そして、フローラにはこう伝えるのだ。『リリという、素晴らしい方がおられる、ちゃんとお話をしてきなさい』と」
教皇ヨハネスの心の中には、リリの力を手に入れるという野心ではなく、孫娘に新しい友達を作ってやりたいという、一人の祖父としての純粋な願いがあったのです。
「わかりました。教皇猊下の御心、確かにフローラ様に伝えます」
司祭は、ヨハネスの温かい心に触れ、深く頭を下げました。
「ああ、それとな、隣国の大聖堂の枢機卿な、降格の上、謹慎を申しつける。期限は無期限じゃ」
こうして、聖王国からロゼリア王国へ、教皇の孫娘にして聖女であるフローラが、謝罪と友情を求める使者として旅立つのです。
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