ワンだふる異世界~愛犬と転生した俺が、獣人として生きていく~

ぐりえら

第1話 俺と愛犬異世界へ行く

夕方の住宅街を、俺は愛犬のコハクと一緒に歩いていた。オレンジ色に染まった空が美しく、涼しい風が頬を撫でる。


「今日もいい天気だったなあ、コハク」


そう話しかけると、コハクは振り返って「ワン!」と元気よく返事をする。琥珀色の瞳がキラキラと輝き、琥珀色っぽい茶色の毛がふわふわで、まんまるな瞳がとても愛らしい柴犬だ。その美しい琥珀色の目と毛色から、俺がコハクと名付けた。もう三年も一緒に暮らしているから、俺にとってはかけがえのない家族同然の存在だ。


コハクは俺の足音に合わせて歩きながら、時々立ち止まって匂いを嗅いだり、道端の花を見つめたりしている。そんな仕草を見ていると、犬って本当に純粋で可愛いなと改めて思う。


「明日は休みだから午前中はドッグランに行こうか」


「ワンワン!」


コハクが尻尾を振りながら嬉しそうに鳴く。きっと「行きたい」と言ってるんだろう。


いつものように住宅街を抜けて公園を一周して、さあ帰ろうかと思ったその時だった。


コハクが突然、何かに気づいたように耳をピンと立てた。普段はのんびりしているコハクが、まるで警戒するような表情を見せている。そして俺の方を振り返ると――


「ワンワンワン!」


激しく吠えながら、勢いよく走り出してしまった。


「コハク! 待てよ!」


リードを握りしめながら、俺は慌てて後を追った。コハクはまるで何かに呼ばれるように、一直線に走っていく。普段なら俺の制止に従うのに、今日はどうしたんだろう。足音が石畳に響き、俺の息も荒くなってくる。


「コハク、どこに向かってるんだ!」


住宅街を抜けて、大通りに向かっていく。こんなに夢中になって走るコハクは初めて見た。何か危険を感じ取ったのか、それとも本能的に何かを追いかけているのか。


そしてコハクは車道へと飛び出してしまった。


「危ない!」


迫り来るトラックのライト。大型車の金属音。ブレーキの鳴る音。間に合わない。俺は咄嗟にコハクを庇うように抱きしめた。温かいコハクの体温を感じながら、強い衝撃と共に世界が真っ暗になった。


そこで俺の意識は途切れた。


---


今日の空気は気持ちよかったワン。ユウトと一緒に歩くのはいつだって楽しいワン。ユウトが話しかけてくれる時の優しい声、一緒に歩く時の安心感、全部が大好きだワン。


でもあの時――すっごく気になる匂いがしたワン。甘くて、ちょっとスパイシーで、なんだか懐かしいような……。今まで嗅いだことのない、でもとても惹かれる匂い。


頭の奥で「あっちに行け」って声が聞こえたような気がしたワン。


「ワンワンワン!」


思わず走り出しちゃった。ユウトの声が聞こえたけど止まれなかったワン。体が勝手に動いてしまう。この匂いの元を確かめなくちゃいけないって、強く思ったワン。


足がどんどん速くなって、心臓がドキドキして、でも止まれないワン。


そして目の前に大きな音と光が迫ってきたワン。


怖かったワン。でもユウトが僕を抱きしめてくれた。ユウトの温かい腕の中で、「ああ、ユウトが守ってくれる」って安心したワン。


---


「う、うん……」


重いまぶたを上げると、見慣れない青空が広がっていた。雲ひとつない、透き通るような青色。さっきまで夕方だったはずなのに、太陽はまだ高い位置にある。そして俺が寝ているのは、アスファルトではなく柔らかい草の上だった。


草の匂い、土の匂い、そして少し甘い花の匂いが混じっている。


「ここは……どこだ?」


上体を起こして辺りを見回す。緑豊かな草原に、遠くには見たことのない山々が連なっている。空気も澄んでいて、都市部とは全く違う清々しさがある。明らかに俺の住んでいた街ではない。


体を確認してみると、特に怪我はないようだ。でも服は少し汚れている。


「夢か? いや、感覚がリアルすぎる」


そして、一番大切なことに気づいた。


「コハク! コハクはどこだ!?」


周りを見回しても、茶色い毛玉は見当たらない。


「コハク!!」


必死に名前を呼ぶと、どこからか「ワン!」という返事が聞こえてきた。でも姿が見えない。


「コハク、どこにいるんだ!?」


きょろきょろと探し回っていると、今度ははっきりと聞こえてきた。


『ワン、ワン』


「どこだ?いるなら出てきてくれ!」


『ワン、ここにいるワン』


どこからか声が聞こえてくる。


「誰だ? 誰かいるのか?」


『違うワン、ユウト僕はここにいるワン』


「なんだこれ……脳内に直接声が聞こえてくるぞ……」


『びっくりした? 僕もびっくりしてるワン。なんかユウトと僕、くっついちゃったみたいワン』


声は俺の頭の中に直接響いてくる。聞いたことのない声だがなぜか胸がざわつく。語尾に「ワン」という言葉がついているということはまさかコハクの声なのか。

そうなるとコハクはどうして人間の言葉をしゃべれるんだ?


「コハク、お前なのか? なんで喋れるんだ?」


『僕にもよくわからないワン。でも確かにユウトの声が聞こえるし、僕の声もユウトに届いてるワン』


ふと、お尻に妙な違和感を覚えた。まるで何かが生えているような感覚。恐る恐る手を回してみると──


「うわあああああ、なんだこれ!?」


尻尾が生えていた。コハクと同じ茶色くてふさふさした尻尾だ。引っ張ってみても抜けることはなく、確実に自分の体の一部として感覚がある。


「嘘だろ……嘘だよな?」


慌てて近くを流れる小川に駆け寄り、水面を覗き込む。そこに映ったのは確かに俺の顔だった。少し垂れ気味の瞳で相変わらず眠そうな目をしている。でも髪の色はいつの間にか茶色に変わっていて、頭上にはピンと立った三角の耳が付いている。


まるで人間と犬のコハクの特徴が混じったような顔。


服装も上下ジャージで散歩していたのに、今は麻の服の上に革の胸当てをして、下はショートパンツに同じく革の膝あてをしている。まるで駆け出しの冒険者のような見た目だ。


『髪の毛の色、僕の毛の色と一緒だワン!』


コハクの声が嬉しそうに響く。


「これは夢だよな? そうだよな??」


自分の頬を叩いてみるが、痛みがしっかりと感じられる。夢にしてはリアルすぎる。


『ユウトがよく読んでた異世界転生、本当にしちゃったワンね。それもベッタベタな転生トラックだワン』


「なんでお前が知ってるんだ!?」


俺は思わず声に出して叫んでしまった。確かに俺は異世界転生ものの小説をよく読んでいたけど、コハクがそれを知っているはずがない。犬が文字を読めるわけないし、理解できるわけもない。


『ユウトがいつもニコニコしながら読んでたから、僕も一緒にのぞき込んでたワン。挿絵の女の子、可愛かったワンね』


「お前……まさか内容まで理解してたのか?」


『もちろんワン! ユウトの隣にいると何となく分かるようになったワン。でもこれで僕も人間みたいにお話しできるようになったワン! 嬉しいワン!』


コハクの声には不安のかけらもなく、むしろウキウキとした調子だった。この状況を楽しんでいるのか、こいつは。


「お前って本当に呑気なやつだな……」


『だって、ユウトと一緒だもん。怖いことなんてないワン!』


「そんな馬鹿な──」


俺は膝から崩れ落ちた。


ライトノベルの読み過ぎで頭がおかしくなったのか、それとも事故の影響で幻覚を見ているのか。でも尻尾の感覚も、風の匂いも、全てがあまりにリアルすぎる。


『大丈夫だワン、ユウト。僕がついてるワン!』


頭の中でコハクが励ましてくれる。少なくとも一人ぼっちじゃない。いや、一人と一匹ぼっち? もうよくわからない。


俺は立ち上がって、改めて周囲を見回した。どこまでも続く草原、青い空、遠くに見える山々。間違いなく、俺が住んでいた街ではない。


「とりあえず、この状況を受け入れるしかないのか……」


『そうワン! それに、これってすごく面白そうワン!』


「面白いって……まあ、確かに憧れてはいたけど」


『ユウトが読んでた本みたいに、冒険できるワンね!』


「冒険か……」


俺は空を見上げた。青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。


とりあえず、この状況を受け入れるしかないようだ。これが俺とコハクの、新しい冒険の始まりだった。


---



目が覚めたら、なんだか不思議な感じだったワン。体がない、でもユウトの近くにいる気がする。ユウトの温かさを感じるけど、自分の足で立ってる感覚がないワン。


『ユウト……聞こえる? ここにいるワン』


声を出してみたらユウトがびっくりしていたワン。そうだよね、僕喋ってるもんね。今まで「ワン」としか言えなかったのに、ちゃんと言葉になってるワンね。


『ユウトと僕、くっついちゃったみたい』


ちょっと不安だけどユウトが居てくれるなら大丈夫ワン。ユウトはいつも僕を守ってくれるし、優しくしてくれるワン。


それに、なんだかワクワクするワン。ユウトと一緒ならどんなことでも楽しくなりそうワン。


僕たちずっと一緒だワン。これからどんな冒険が待ってるのかワン?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

新作始めました。

ユウトは一人称が俺、コハクは僕で語尾にワンがつきます。

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