第2話 検証と事故
翌日、俺は再びダンジョン管理局を訪れていた。
ダンジョン管理局は各ダンジョンに一つずつ建設された政府直轄の施設であり、ダンジョン内の治安維持や研究など様々な役割を担っているのだという。
案内された部屋は昨日のものより数倍も広く、学校の体育館を思い出す。
周囲には複数の管理局員がおり、彼らに囲まれるように白い壁が、部屋の中央に鎮座していた。
発泡スチロールでできたその壁の前にはゴブリンが倒れており、局員の様子から見て意図的に配置されたものに違いない。
なお、本日の目的は件のスキルの検証であり、ここで安全性が担保されなければスキルの使用許可が下りない仕組みになっているようだ。
俺からしてみれば、【壁尻】なんてスキルを使うつもりなど毛頭ないのだが、新発見のスキルということでぜひ調査に協力して欲しいと金を積まれたので受けない理由はなかった。
「壁尻とは世間一般的に、壁から尻が出ている状態のことを指す言葉です」
そう切り出すのは管理局員である
「壁に埋め込まれた対象は身動きが取れないことが大半であり、インターネットでの調査によると、被害に遭った女性の戸惑う表情を愉しむものだという意見も数多く見られます」
東矢は綺麗な曲線美を描くスーツを着用しており、OLのようなその見た目は、無骨な壁に囲まれ、砂埃が舞うダンジョンの中では極めて異質に感じられる。
「このことから、スキル【壁尻】の効果は、対象に壁尻を強要させるものであると考えるのが妥当でしょう」
「もしこの仮説が正しければ、拘束系スキルとしての有用性は充分に考えられます」
壁尻という馬鹿げたスキル名にも動じず、真剣にその考察を論じる仕事人振りには、見事としか言いようがない。
「では、そこのゴブリンに向かって【壁尻】を使用してみて下さい」
東矢は数メートルもある白い壁の側に立ち、ゴブリンの様子をじっと観察している。
周囲の局員達もカメラや謎の機械を持ち寄り、スキルの及ぼす影響を確実に測定する準備が整っているようだ。
後は、俺の意思だけだ。
「わかりました」
返事をした俺は頭の中で【壁尻】を思い浮かべ、前方へ意識をやる。
視界には壁と、その前で倒れるゴブリン、そして東矢と数名の局員。
朧げながら浮かぶイメージに従い、右手を前に掲げ、その手のひらをゴブリンに向ける。
右手からはスキルの力によるオーラが発生し、薄く輝いていたそれは次第に強い光を放つ。
ふと脳内に衝撃が走り、スキルの準備が整ったことを感じ取る。
「スキル【壁尻】、発動」
俺の宣言と共に右手から放たれるオーラが前方へ飛んでいく。
そのオーラは真っ直ぐ進み、正面に立つゴブリンの身体に当た......らなかった。
「は?」
「ふむ...」
「えっちょっ!?」
オーラはゴブリンの目の前で急激に進路を変更。
行き先を変えたオーラは側に立つ東矢をスルーし、右前方に立つ別の女性局員に衝突。
大きく広がった桃色のオーラは即座に彼女の身体を包み込む。
「何このオーラ!?凄いヌルヌルしてて気持ち悪いんだけど!?ちょ待って待って動かないできゃぁぁぁあああああ!!!」
オーラに纏われた彼女は直立の姿勢で宙を舞い、目にも留まらぬ速度で砂埃を上げながら、正面の発泡スチロールの壁に激突する。
───視界が開けると、彼女は俺に尻を向けた状態で壁に埋まっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「救護班、
数秒の沈黙の後、東矢の指示によって何名かの局員が宝満と呼ばれた彼女の下へ駆け寄る。
「白壁君、スキルの止め方はわかりますか?」
東矢は俺の右手を指差して問いかける。
オーラはまだ消えておらず、その気になれば即座にスキルを使える状態だと直感的に理解する。
俺は意識を右手に集中し、なんとかオーラを抑えようとするが、むしろオーラが増してしまう。
「○起を治めるイメージです」
「なるほど」
東矢の言う通り、右手から意識を逸らして脱力する。
するとオーラは段々と弱まっていき、ふと疲労を感じたタイミングで完全に消滅した。
「宝満さん大丈夫ですか!?」
壁の方では宝満の救助も終わったようで、複数の局員が宝満を取り囲んでいる。
宝満自身は四方の壁から距離を置き、パイプ椅子に座って心を落ち着かせている真っ最中のようだ。
「すいません、怪我はありませんか?」
「......ッ!」
詫びを入れようと宝満に近づくも、怯えた様子で距離を取られる。
宝満の目には確かな恐怖と怒りが宿っており、とても近づける状況ではない。
よく見ると他の局員も冷ややかな目線を俺に浴びせており、圧倒的なアウェーの空気に押し潰されそうになる。
───俺はただ、ゴブリンに向かってスキルを使用しただけなのに。
そもそもの話、俺が手に入れたスキルが【壁尻】ではなく【身体強化】などの既出のスキルでさえあれば、このような事態にはならなかったはずだ。
なんでよりにもよって【壁尻】なんてふざけたスキルが与えられたのか。
そう悩んだ俺の脳裏に過ったのは、昨日のクラスメイトの会話だった。
『実はね、全てのダンジョンを管理しているスキルマスターってのがいて、ソイツがモンスターや人間にスキルの力を与えてるらしいよ』
あくまで噂でしかないが、偶然【壁尻】なんてスキルが生まれ、それが俺に付与されるなんてことはありえないだろう。
この際はっきり言っておくが、俺は自分の名前にかなりのコンプレックスを持っている。
──-だって『白壁九戸』から『壁九尸』を抜き出して組み替えたら『壁尻』になるんだぞ!?
この名を付けた親は蒸発しているし、そろそろ改名手続きを視野に入れてたレベルだからな!
スキルマスターか何だか知らないが、間違いなく俺の名前を見てふざけてスキル付与しただろ!
なんからスキル自体も変な方向へ飛んでいく欠陥品だし、マジで許せねぇ!!
スキルマスターという怒りの捌け口を見つけた俺は、積み重なったストレスを解放し、次々と奴への不満を口にする。
最早この勢いは、スキルマスターに直接クレームを入れなければ収まらないだろう。
そして、俺の心中である思いが渦巻く。
スキルマスターに仕返しをしてやる。
そしてその方法は、スキルマスターに与えられた【壁尻】を使うのが良いだろう。
......決めた、俺は絶対にスキルマスターに直でクレームを入れ、俺のスキルで壁尻をさせる!
ついでにお前の姿を全国ネットで公開し、恥をかかせてやる!!
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