スキル【壁尻】を手に入れたのでダンジョンを強行突破します〜モンスター娘やクラスメイトに壁尻をさせていますがやましい意図はありません〜

枝栗実

第1話 スキル【壁尻】

 ───女性が壁に尻を晒して埋まっている。


 彼女はダンジョン管理局の局員であり、つい先程まで俺、白壁しろかべ九戸きゅうとを監視するために、俺から見て右前方に立っていたはずだ。


 女性局員は現状を理解できていないのか下半身を必死にじたばたさせており、壁越しで上半身は見えないものの、聞こえてくる悲鳴からはその恐怖に満ちた表情が容易に想像できる。


 周囲の人々は皆突然の事態に唖然とし、その戸惑いを宿した目線を彼女に向けたかと思いきや、自然な動きで俺の右手を見つめ始める。


 俺の右手にはスキルの発動を示すオーラの輝きがあり、この惨状が俺の手から放たれたスキルのせいであることは誰の目にも明らかなことだろう。


 スキルの名前は【壁尻】。


 このスキルを手に入れたのは丁度昨日のことであり、俺が人生で初めてダンジョンに入った時のことである。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「それではこれよりダンジョンへ入ります」

 「危険ですのでガイドから決して離れないで下さい」


 ガイドの言葉に従い、矢継ぎ早に『ゲート』と呼ばれる巨大な門を潜っていく学生達。


 古代ローマの凱旋門を彷彿とさせる荘厳な建造物の奥はモヤがかかっており、先の様子がわからないようになっている。


 「スキルの発現は脳内に言葉が浮かび上がることで宣告されます」

 「もしダンジョン内でスキルの発現に気づいた場合は、スキルの名を言わず、速やかに近くのガイドまでご連絡下さい」


 ダンジョン内では特定の条件を満たすことでスキルを手に入れられるのだが、稀にダンジョンに侵入しただけでスキルを得る者もいるらしい。


 とはいえ、スキルの発現は歳を重ねる程に起こりやすくなるとされており、俺達のようなダンジョン体験で訪れる学生からそれが確認されることは、数年に一度というレベルで珍しいのだという。


 「ねぇねぇ知ってる?『スキルマスター』の噂」


 「何それー、教えてー」


 配布されたパンフレットを見ていると、クラスメイトが話しているのを耳にする。


 「実はね、全てのダンジョンを管理しているスキルマスターってのがいて、ソイツがモンスターや人間にスキルの力を与えてるらしいよ」


 「あー、都市伝説系ねー?ソースはー?」


 「それがなんと、とあるS級シーカーのリークだってさ」


 「それマジー?てかもうウチらの番じゃん、早く行こーよ」


 ふと前方を見ると、委員長らを先頭に見知った顔触れがダンジョンに踏み入れていく。


 向こう側からは無数のはしゃぎ声が聞こえてくるのだが、ゲートを介してしまうと何を言っているかさっぱりだ。



 ───そうして迎えた俺の番。


 ゲートに足を踏み入れると一瞬の目眩の後、周囲を取り巻く空気がガラッと変わったような感覚に襲われる。


 モヤの先は巨大な直方体の部屋に繋がっており、壁や床は規則正しく並べられた石材によって構築されていた。


 ゲート方面を除く部屋の四方には通路が伸びており、その奥に待ち構えるモンスターや財宝の存在に胸が踊らされる中、不意に脳内に文言が浮かび上がる。


 《スキル【壁尻】を獲得しました》


 「......は?」


 突如告げられた奇天烈なスキル名に驚いた俺は、慌てて周囲の様子を確認する。


 どうやら俺以外にはこの現象は起きなかったようで、それは即ち、スキル【壁尻】の所有者が俺だということを示していた。


 「嘘だろ......俺が、壁尻!?」


 思わず漏れ出た声に気づき、俺の方を向くクラスメイト達。


 そうだ、ガイドの人に報告しなければ。


 先程の説明を思い出した俺は、近くのガイドを呼び、この旨を伝えようとする。


 「あのーすみません、スキルを手に入れたみたいなんですけど......」


 「えっ!?本当ですか!?少々お待ち下さい!」


 そう言って駆け出したガイドに連れられて来たのは、スーツを見に纏った細身の男性だった。


 「私、ダンジョン管理局の刈谷と申します」

 「ダンジョン体験中ではありますが、ここでは周囲の目もありますので、別室までご同行願います」



 刈谷と名乗る男性に案内された先はダンジョン内に建てられたダンジョン管理局内の一室であり、部屋の中で俺と刈谷は向かい合って座っている。


 「ここは完全な防音室で、中の声が漏れることはありません。試してみますか?」


 そう言ってラジオのボリュームを最大にする刈谷。


 聞き馴染みはあるが曲名を知らない、そんなジャズが六畳間を震わせる。


 しかし部屋を出ると一転して静寂が周囲を包み、遠くの靴の音がただ廊下に響く。


 再び部屋に入るとラジオは未だ動いており、防音性能を誇るかのように刈谷がこちらへ目線を合わせる。


 「確かに聞こえませんでした」

 「でもどうして厳重にする必要が?」


 俺がそう疑問を口にすると、刈谷は諭すように説明を始める。


 曰く、スキルには完全に欠損した箇所を修復するなど人智を遥かに逸脱した効果を及ぼすものもあり、そのようなスキルの保持者が不当な扱いを受けないように、スキルの管理が厳重になっているとのこと。


 「さて、次はこちらからの質問です。貴方のスキル名について教えてもらえませんか?」


 最初は戸惑っていた俺であったが、刈谷との対話の間に覚悟を決めたことにより、平静を保ちながらその名を告げることができた。


 「壁尻です」


 「......はい?」


 「俺のスキル名は、【壁尻】です」


 「?????」


 突拍子のない宣言により混乱する刈谷。


 そりゃそうだと思いながら改めて現実を認識する俺。


 ───【壁尻】かぁ......

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