第2話
翌朝。
客間のベッドで目を覚ました俺は、天井を見上げてしばらく現実を受け入れられなかった。
昨日まで「家を追い出された」っていうのが信じられなくて、夢ならいいなと思ったけど……目をこすっても変わらず豪華すぎるシャンデリアが視界に入ってくる。
「……夢じゃなかったか」
ベッドの隣で菜々がまだ寝息を立てている。毛布にくるまってる姿は小さくて、守らなきゃっていう気持ちが強くなる。
けど、そんな余韻に浸る暇は与えられなかった。
「おーい、起きてるんでしょ?」
ノックもなしに扉が開いて、風香がずかずか入ってきた。
いつも完璧に整った制服姿、腕を組んで立っている。
「おはよう……って言うより、早く働きなさい」
「え、働くって……朝から?」
「当たり前でしょ? 使用人なんだから」
俺は苦笑いしか出なかった。
ほんの数年前までは一緒に夏祭りに行って、綿あめ食べて笑ってた相手に、「使用人」って言われるなんて。
「まず、リビングの掃除。それから朝食の準備を手伝って。妹ちゃんは私が面倒見るから安心して」
妹に優しくしてくれるならまだ救いがある……と思った矢先。
「ほら、私の肩揉んで」
「……は?」
「昨日から勉強してて肩が凝ってるの。ほら、早く」
なんだこの雑な命令。
俺はしぶしぶ近づき、ソファに腰かけた彼女の肩に手を置いた。
「強すぎないでよ。あ、でも弱すぎてもダメ」
「はいはい……」
「あと、変なとこ触ったら殺すから」
「触らねぇよ!」
俺の抗議をよそに、風香は気持ちよさそうに目を閉じた。
その顔は、完全に「主人」のそれだった。
午前中はリビングの掃除。
大きな窓にカーテン、床はピカピカの大理石。モップをかけてる自分がやけに情けなく思える。
「そこ、拭き残しがある」
「はいはい」
「返事は“はい、ご主人様”でしょ?」
「……はい、ご主人様」
……マジかよ。
なんで俺が幼馴染にこんなこと言わされてんだ。
しかも昼になれば、今度は料理の手伝い。
包丁で野菜を刻んでいたら――
「それ、もっと細かく切って」
「これ以上細かくすると形なくなるけど……」
「いいの。私が食べやすい大きさにして」
完全にパワハラ上司と部下の関係だ。
いや、上司じゃない。ただの同級生、いや、幼馴染だぞ!?
食後。
ようやく一息つけるかと思ったら、また風香の声。
「ねぇ、お茶淹れて」
「自分でやれよ」
「……今なんて言った?」
「いえ、ご主人様。すぐに淹れます」
俺は内心、泣いた。
夕方、庭の芝刈りをしていると、窓から顔を出した風香が言った。
「似合ってるわね。雑草みたいに」
……もう、ほんと殺意が芽生える。
夜。
菜々は疲れて早めに寝た。
俺はベッドに倒れ込みながら思った。
「……やってらんねぇ」
肩揉み、掃除、料理、芝刈り。
一日でこれだ。これがずっと続くのかと思うと、胃が重くなる。
でも、妹を守るためには逃げられない。
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