M.I.(エムアイ)

シュウ・タイラー

プロローグ

「・・・緊張してきた…お腹イタイ…熱も出てきた…お家帰る…」


「なに子供みたいなこと言ってんの。ほら、出番でしょ。」


「・・・ヤダ。凛悟りんご…代わって…」


「ハイハイ、あんちゃん。終わったらご褒美です〜。」


「チョコファッション。エスプレッソ。」


凛悟は笑い、杏はふふっと微笑む。

その穏やかなやり取りが、張り詰めた緊張を少しだけ和らげた。


「俺にも、財布にも優しい自慢の姉さんだ。アズ…いや、那実ナミのためにも頑張ってこい。」


「しゃーねーなー、いっちょ頑張ってくるか。」


舞台へ向かう杏の背中を見送りながら舞台袖に控えると、微かに機械油が混ざる冷たい匂いに、凛悟の背筋も伸びる。


ここは、自分たちの夢を世に問う戦場だ。



西暦207x年、アンドー・メカトロニクス社 技術発表会。


MCに呼び込まれた姉さんの表情は、まるで別人だった。

先程までの弱気な姿は消え、自信に満ちた笑顔が壇上を照らす。


「本日ご紹介するのは、私とプロジェクトメンバーが心を込めて開発した、人々を助け、共に歩む子供アンドロイドたち……『MIシリーズ』と、その動力炉『eTRANZeエトランゼ』です。」


淀みなく語り始める杏。

文学者の父、兵悟ひょうごの影響か、その言葉ひとつひとつに深い意味が込められていた。


「MIシリーズを制御する専用AIは、『心向知能しんこうちのう』と名付けました。心を向け、共に生きる知能。それが、我々が目指したアンドロイドの姿です。」


滑らかに話す杏の姿に、凛悟は安堵の息を漏らした。

「なんだかんだで、やるときゃやるよな、姉さん。」


しかし、『eTRANZeエトランゼ』の説明に入ると、事態は一変。

専門用語を並べる杏の言葉に、会場の空気はみるみる冷えていく。


まるで、水槽の熱帯魚に、南極の氷海を説明するようなものだった。


「…なんだかサッパリわからなくなったぞ…」


凛悟はすかさず杏にブロックサインを送る。

視界に凛悟を捉えた杏は、ばつが悪そうに笑い、一言。


「端的に、温室効果ガスを吸収し、クリーンエネルギーを生み出す装置、です。」


会場一同、「あーーー。」と安堵のため息をつく。

漫画みたいだな、と凛悟は胸を撫で下ろした。


「百聞は一見にしかず。『心向知能』搭載のMIシリーズをご覧ください!」


舞台が暗転し、心臓の鼓動のようなBGMが響き渡る。

スクリーンに映し出されるのは、3つのアンドロイドの姿。


Emiエミ、愛らしい女性型。Remiレミ、人々に寄り添う看護型。そしてTacmiタクミ、災害に立ち向かう男性型。


どれもが、ただの機械ではない。

杏と凛悟が命を吹き込んだ、かけがえのない「子供たち」だった。


「引き続き、弊社社長 喜多川きたがわ 義一ぎいちより、アンドロイドの実機と特徴など、ご紹介させて頂きます--。」


社長以下営業部隊にバトンを渡すと、杏は舞台袖へと一目散…

「・・・ ふぅ…ひとまず、私の仕事は終わり。」

舞台袖に戻った杏は、いつもの表情に戻っていた。


「お疲れ。まぁまぁじゃないの?」

「そこは褒めるとこでしょ。」


舞台上では、アンドロイドたちが生き生きとデモンストレーションを続けている。

その姿を、授業参観で子供を見守る親のように、二人して見つめていた。


「こんだけ動けるのも、俺がちゃんと姉さんの無茶振りの稼働試験を続けてたからだろ?感謝してほしいわ。」


「凛悟がみんなのポカをフォローしてくれたおかげで、男性型を追加する有用性が実証されたから、Tacmiタクミが生まれたってことでいいじゃない?」


「いや、なおさら感謝だろ。」

「ありがとサンカク、またきてシカク。」

「何ダジャレみたいに…」

「今度は丸いの持ち上げた。本当、ウチの子優秀だわ。」


杏の無茶振りを捌いたり、ポカをフォローするノウハウも、すべてがこの『心向知能』に活かされている。


そう考えれば、今日の発表の成功は、他でもない二人の努力の賜物だった。

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