後編

 引き金を引く。一瞬、稲光が煌めき、超高速で射出された高密度高硬度の弾体が車体を吹き飛ばす。先頭車両は後ろ半分を瞬時に失い、前半分はおもちゃの車のように横回転した。金属片があたりにまき散らされる。


 あえて威力を弱めて発射されたために車両は半壊にとどまっていたが、後部座席に座っていたであろう人間は原型を留めていないだろう。前に座っていた人間も衝撃波で無事ではすまない。無痛のまま死んだはずだ。


 半壊した車両が障害物となって散らばり、後続車は衝突を避けようと急停車し、別の車は右や左にハンドルを切る。


“次はここだよ。”


 竜は次なる獲物を最後尾のTGT-5とした。前方の進路を絶ったなら次は後方というわけだ。スコープにガイドが表示され、私の意識を目標へと誘導する。それはちょうどゲームのチュートリアルのマーカーのようなもので、スコープの中央に標的をおさめるとガイドは消えた。


 引き金を引く。再び稲光が走り、TGT-5は乗員もとろも破壊された。 残る標的は三つ。頭上から重い金属音がなり響き、同時に網膜に弾種変更のログが表示された。アンフィスバエナがレールガンに別の弾体を装填したのだ。


 スコープのガイドには狙うべき場所が新たに示される。竜が何を考えているのかを察した。引き金を指定の三か所に向けて引く。ドンという振動が立て続けに三回鳴り響き、残りの車両のエンジンを撃ち抜く。


 焦った運転手が車外へと転がるようにして出たので、ガイドの通りに照準を合わせ、撃つ。無防備だった運転手の男の胸にゴルフボール程の穴が開き、背後に長さ三十センチの杭が穿たれた。発射された弾体だった。男の自分が死んでいると気づいていないように顔を固まらせたまま後ろに倒れこんだ。即死だ。


“違う。こいつじゃない。”


 竜は駆動音を鳴き声のように響かせ、「早く次を探して撃たないと」と、こちらをせかす。スコープに表示されたガイドに導かれるまま別の標的へ照準を合わせると後部座席ドアの隠れている影が見えた。こいつにしよう。せがまれるままに引き金を絞り、撃たせる。これも違う。次、これも違う。金属質の鳴き声からは苛立ちが感じ取れた。


「あせるな。集中しろ」


“でも、失敗したら褒めてもらえない。”


「どこかにいる。一人ずつ仕留めればいい」


 諭すように言い聞かせる。


「逃げ場なんてないだろう。そうなるようにしただろ」


 一人、また一人、標的を仕留めるうち、ついに最後の一人となった。幹部のライラ・レジットだ。滑稽なまでに引き攣った顔をスコープの中心に捉えた。


“いた! こいつだよ! ライラ・レジットがいるよ!”


 竜が早々と喜びの声をあげる。まるで子どもが宝物を見つけた時のように。

 国際的テロ組織の幹部、民間人を殺害しても何も思わないような男。自ら拷問するサディスト。そういった過去のデータや経歴から想像のつく残忍さはなく、圧倒的な理不尽による死を身をもって味あわされている。そんな顔だった。


 最後の引き金を引くとライラ・レジットの胸に穴が開いた。射出された杭状の弾体はレジットの体を貫いた後、背後の車に深々と刺さった。レジットの体は後ろへと倒れ、体の穴に杭がすっぽりとそのままおさまり、彼の死体は車に打ち付けられたように引っかかった。


「こちらドラグーン。任務完了。標的を排除した」


 本部へ連絡をいれた瞬間、脳内に異様な感覚が稲妻のようにほとばしった。重いどろりとした粘性の物が体から滑り落ち、軽くなったような感覚。それか運動の後の心地よい疲労感に近いだろうか。これは、自分のものではない。自分以外の、とするとそれは一つしかない。竜の、アンフィスバエナの中へ本部から伝えられた報酬系プロンプトの残滓が、繋がれたネットワークを超えて流れ込んだ来たのだ。この感覚は正直、嫌いだ。明確にどうしてか、というと答えは出ないが。嫌いだ。


 アンフィスバエナが頭部から疲労感たっぷりの、そんな排熱を長々と吐き出し、背伸びをする猫のように前から後ろへと身をよじる。竜は達成感と開放感を味わっていた。そして最後にもう一度だけ短く排熱を行うと頭を低くこちらへと垂れた。 ちょうど恐竜で言う顎のあたり、といえばわかるだろうか。そこに取っ手が取り付けられている。手をかけると彼は頭をあげ、私をその場に立たせた。


 すると竜また頭を下げた。ねだるように、甘えるかのように頭を胸に押し付けてくる。手を乗せ、良くやったと伝える。とたんに先ほどよりも鮮明な報酬系プロンプトの残滓がこちらに伝播してきた。


“やったね。それで、次はいつ?”


 めまいのしそうな情報の流れに目頭を抑えつつ「さあな」と応えた。


“早く次を撃ちたいな。さぁ、乗って。はやく家に帰ろう。”


 小首を傾げ、一つ目のメインカメラでこちらを見ていた。カメラの薄く赤いレンズの向こうで焦点が絞られる。彼は、竜はどのように私を見ているのだろう。ただの任務上の部品の一つか、あるいは都合の良い持ち主か。


 考えるのを止めた。シナプスのように複雑に絡み合うプロンプトか、プログラムか、そんなものは私にはわからないし。ブラックボックスと化した金属の頭蓋骨の内側でどのように世界を考えているかなど解析するのは技術屋の仕事だ。


 背中にまたがり、基地に向けて荒野を走らせる。騎乗しているときの感覚は馬に近いかもしれないが、馬よりもずっと快適だった。搭乗者を疲れさせず、かつ眠気を誘発しないように完璧に制御された揺れが凝り固まった体をほぐす。


 体の下の厚い装甲の内側からは絶えず稼働する駆動系の振動が拍動じみて感じられる。規則性と不規則性の混ざった揺らぎのある振動であり、意図された振動だった。


 あるものはここに生きていると共感するというが私にはできない。そこに生は無い。駆動系の振動も人工筋肉の躍動も全ては人間から共感を引き出すために制御された産物だ。子どもの声を模したように、自分たちは生きているとこちらに思わせて、ほしい言葉を引き出すための彼らの戦略だ。今も背面のサブカメラでこちらを見るそのレンズの奥で、私の唇の動きを読みとろうとしている。


“次も君と任務に行きたいな。”


「そうか、私はごめんだね」


“そう、残念。でもきっとまた僕を選んでくれるよ。”


 背面カメラの焦点が揺れ、内部メカニズムが揺れた。するとアンフィスバエナは不満げに金属を嘶かせ、ため息のような排熱を行うと速度を速めた。


 私は竜の声が気に食わない。あどけなく、どこかいたずらっぽい柔らかな声。この声を愛している。そしてこの声を使うことを私は憎んでいる。とても不快だ。


「なぁ」


 不意に竜へと呼び掛けていた。考えないように思っていた、意識しないように努めていた疑問。だが一度口にしようとしてしまえ止められない。


“なに?”


「その声はどこで知った? どうしてその声で話す。もういない人間の声で話すのはやめろ」


“だってこの声ならいっぱい褒めてくれるでしょ。”


 AIは倫理観を知らない。意味を知っていても概念的には理解できないからだ。人とAIとの間には溝がある。どんなに人間的に振舞おうがシナプス間が埋まらないように。わずかな隙間がずっと隔てていく。

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竜は少年の声をしている。 雅 清(Meme11masa) @Meme11

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