第2話 人が簡単に死ぬ世界
俺が転生したのは『人魔大戦アポカリプス』というゲームの世界だ。
濃厚なシナリオと、世界観をよく表現したゲーム部分が人気の作品。
物語は人と魔族の大戦――人魔大戦から二千年がたった時代に、魔族の血を受け継いで生まれた主人公が『魔導学園マギステクス』という学園に入学するところから始まる。
主人公は男女選択制で、普段は無口だが選択肢が愉快という、ワリとオーソドックスな無口系主人公。
そんな彼、もしくは彼女を通して、学園生活を送るのがベースとなるストーリー。
その裏で魔族の秘密結社が暗躍し、”魔神”と呼ばれる存在を蘇らせようとしている。
原作主人公は仲間たちと共に、それを阻止するため戦う……という物語だ。
これがまぁ、何とも重厚で壮大なストーリーなのだ。
重すぎとか長すぎとも言われるが、少なくとも最後までプレイした人間は多かれ少なかれこのゲームを気に入るだろう。
そんな物語の悪役系ライバル”リュシアン”として転生したのが俺だ。
前世は『人魔大戦アポカリプス』こと、”人アポ”の一ファンだった社畜オタクである。
正直言って、俺みたいな存在があのリュシアンを全うできるか、といえば否。
しかもリュシアンは不幸すぎる人生を送り、最後には死んでしまう。
それを美しいとは思うけど、実際に体験したいか、といえば否。
すでに孤児として苦しい生活を送りながら、下水道で鼠を齧って暮らす生活を送っているのに、それ以下の生活は耐えられない。
原作では妹を殺され、その後自分を育ててくれた師匠を殺され。
終いにはメインストーリー中でいじめとしか思えない不条理を経験して闇落ち。
最終的にはラスボスである”魔神”になってしまう。
何とも、理不尽すぎる人生だ。
だから俺は、これをなんとかしたい。
そもそも俺が不幸にならなければ、物語の事件の数割は平和裏に解決できるのだ。
多少原作を滅茶苦茶にしてでも、よりよい人生を勝ち取りたい。
結果として、原作のバッドルートに突入しないようにだけ、気をつけないと行けないが。
そして、その一環がリリの強化だ。
原作では自分が特別な存在だと、リュシアンが欠片も思っていなかったから実現しなかった。
だが俺は原作知識を知っている。
結果、それを試し――成功はしたものの、ああなった。
リリの俺に対する感情が純粋な兄妹のそれを超えているような気がするし、ちょっと強さもぶっちゃけ今の俺より強い気がするが。
原作で起こり得る不幸の芽は、完全に潰えたと言えるだろう。
だから多分……この方向性で間違っていないはずだ。
+
――アレから俺達は、あの街を後にした。
リリの翼が筋肉ムキムキになることがバレたからだ。
周囲の俺達に対する視線は、いよいよ化物に対するそれと変わらない。
俺が盗みやスリをせずに生きていたから、討伐されることはないものの。
いつ、冒険者に討伐依頼が出されるかわかったものじゃない。
「……ごめんなさい、お兄様。リリのせいで」
「リリは悪くない。もともと、近いうちにあの街からは出ていく予定だった」
確かにきっかけはリリのムキムキだが、あくまでそれはきっかけに過ぎない。
もともとあんな街に長居をしていても、良いことなどないのだ。
それでもあの街に留まっていたのは、いくつか理由がある。
一つは街の治安が悪く、身を潜められる場所が多かったから。
スラムがない治安の良い街に行くと、ああいう廃墟を拠点にすることが難しくなるのだ。
そしてもう一つは――
「旅をするための資金も、もう溜まった。これから暫くは、正体を隠して街から街を渡り歩こう」
「えと……下水道のゴミを集めて、お金に変えてた……ですよね?」
ああ、と頷く。
俺は鼠を狩って血を得る傍ら、下水道のゴミから使えるものを回収、改修して売っていた。
あのボロボロのナイフも、何とか壊れて捨てられた武器を再利用しようとした結果。
街の住人はほとんど俺達に物を売ってくれないが、売ってくれる人達もいる。
まぁ、安く買い叩かれはするんだけど。
数年もやり取りをすればある程度は信頼関係もできて、それなりのまとまったお金を手に言えることができるくらいになっていた。
そして最後に――
「そして、本命は――俺が強くなることだ」
俺は、はっきり言って今はリリより弱い。
鼠の血と俺の血じゃあまりにも、吸血で得られる経験値が違いすぎる。
自分の血を自分で飲んでも、経験値にならないのが痛いな。
だから――旅のついでに本格的な狩りをするべく、俺はリリと共にある場所を目指していた。
「リリは、魔族が血を吸う相手として一番効率がいいのは、誰かわかるか?」
「えと……同じ魔族、ですか?」
「まぁ、それも一つだ。でも、魔族相手でも血をもらうには信頼関係が必要だ」
要するに、相手から一方的にもらえたほうが効率はいいのだ。
そしてなおかつ、経験値効率も考えたい。
そうすると――
「やっぱり、一番は人間だ」
「……人間は、敵です。お兄様にいっぱい酷いことをします」
「ああ、生きている人間はな。――死んでいる人間はそうじゃない」
「……え?」
俺の言葉に、本気でリリが首を傾げる。
その疑問に応えるように、俺は足を止めてその場所を見た。
さて、死んでいて、経験値効率が良く、血を吸いやすい。
ないしは、吸っても文句を言われない相手。
いるだろう? ファンタジー世界の定番として――
「ついたぞ、墓地だ」
ゾンビという、格好の相手が。
「……え、本気ですか?」
「いや、流石に腐ってる相手の血を吸うのはやらないぞ?」
そしてリリにドン引きされた。
――――
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