悪役転生したので原作を滅茶苦茶にしてでも生き残る!
暁刀魚
第1話 生きようとしたら原作が壊れた
俺が転生したゲーム世界には、原作においてトップクラスの人気を誇る悪役がいる。
その魅力的なキャラクターと、壮絶すぎる最期、そして悲しい過去は多くのプレイヤーを感動させた。
かく言う俺自身、その悪役のことは大好きだ。
ただ、一つだけ言えることとして。
もし仮に、その悪役としてゲームの世界に生を受けたとき。
その悲惨な人生と壮絶な最期を遂げたいかと言えば――全くもって否である。
「おっとぉ、悪いなぁ魔族の坊や。てめぇのその角がでけぇせいでぶつかっちまったぜ」
「ぎゃははは! お前いい奴かよ! 謝るならこのクソ見てぇな魔族のガキだろ!?」
「違いねぇ、おら、何か言えよ!」
俺が人目を避けて路地裏を歩いていると、突然割り込んできた男たちが俺の体を蹴りつけて、そんなことを言ってきた。
男たちは下卑た笑みでこちらを見下し、さらなる攻撃を加えようとしてくる。
常に警戒していたおかげで受け身を取った俺は、そんな男たちを無視して即座に逃げ出した。
「あ、オイ待て! 魔族のくせに逃げてんじゃねぇ!」
「薄汚ねぇバケモンの血が! いっちょ前に人間気取ってんじゃねぇぞ!」
そんな罵倒を受けながら、途中まで追いかけられるものの彼等も暇ではない。
少し逃げれば、すぐに追いかけるのをやめた。
こういう奴らは相手をしないに限る。
俺は嘆息を一つ零してから、また人に見つからないよう、歩き始めた。
+
この世界は今から二千年程前、人と魔族の絶滅戦争があった。
どちらかがどちらかを滅ぼさなければ終わらない戦いは、人類の勝利で終結。
しかし、敗北した魔族の中には生き残りがおり、そういった魔族は奴隷として扱われた。
結果、魔族の血は人類に混ざり、”魔力”に優れた人間の中から時折、魔族の身体的特徴を有する子どもが生まれてくる。
そんな彼等は差別対象の”魔族”として扱われ、人として扱われない。
俺、リュシアンもまたその一人。
頭部の角のせいで、一発で魔族とバレてしまうため、生まれてからこの方かなり辛い人生を送ってきた。
前世も決して幸運とはいえない社畜生活であったが、それでも今の生活よりはずっとマシだ。
衣食住の保証された生活というのが、以下に得難いものだったかがよく分かる。
しかしそれでも、俺はこの生活を続けていた。
理由は――俺が一人ではないからだ。
「お兄様、おかえりなさい」
自宅としている廃屋に戻ると、白髪で線の細い少女が出迎えてくれた。
齢はおそらく八つか九つ、衣服はボロボロだが透き通るような髪とあどけない容姿は本物だ。
そしてそんな彼女の背には――悪魔のような翼が一対。
「リリ、ただいま」
名前はリリ、俺の妹だ。
原作にも登場した”リュシアン”の妹。
病弱で、何も出来ない自分の現状を嘆き、いつも俺のことを心配している。
そんな――ありふれた悲劇の当事者だ。
「……お兄様、あの、また……襲われたのですか?」
「いや、これは……」
廃屋に敷かれた、布団とも言えないようなボロ布の上で起き上がったリリ。
どうやらリリは、俺が連中に蹴られたのを一発で見抜いたらしい。
蹴られた箇所は蹴られる前から薄汚れていて、そんなの早々はわからないはずなのに。
とはいえ、一度見抜かれたらごまかせる相手ではない。
一つ息を吐くと、観念して俺は肯定した。
「……そうだ、さっき襲われた。けど、すぐに逃げたから問題ない」
「ですが……心配です。無理はなさらないでくださいね」
「ああ、でもまだやりたいことがあるから、食事を終えたら午後もでかけてくる」
「……はい」
こちらを気遣うリリに、俺はそう言って宥めつつ頭を撫でる。
それから俺達は、ひとしきり会話をすると食事を始めるのだった。
+
後に”魔神”として覚醒し、原作主人公と世界の行く末を巡る決戦を行うリュシアンも、この時期はただの魔族の子でしかない。
だから原作のリュシアンは、スリや盗みをして何とか生計を立てていた。
リリの薬は高すぎてとてもではないが手に入らないし、そもそも魔族相手に物を売ってくれる店は殆どないからだ。
しかしそれは、結果的に”敵”を作る行為。
最終的に原作ではそれが、リリの死亡に直接つながってしまっていた。
とはいえ、俺達孤児の魔族に生活のための糧を得る方法なんてものはほとんどない。
冒険者になることすら難しいのだから。
ただ、やろうと思えばできなくはないのである。
少し勇気と根性が必要なだけで。
具体的には――魔族の食事は普通に料理を口にする以外にも方法はあるということ。
血を喰らうのだ、魔族は。
そして、血液を飲めば飲むほど、強くなっていくのも特徴である。
強力な個体の血液ほど、その効果は高まるらしい。
まぁ、俺が飲んでいるのは、個体としては貧弱も良いところの相手なのだが。
「そら」
俺は、異臭が漂う薄暗い地下を駆け、在るものを追いかけていた。
手にはボロボロのナイフ。
使えなくなって捨てられていたものを回収したものだ。
それを、獲物に大して振るう。
『ギッ』
甲高い悲鳴を上げて、そいつの喉元は切り裂かれた。
それがなにかといえば、全長一メートルほどの”魔物の鼠”だ。
前世の感覚でいうとかなり恐ろしいが、この世界的にはかなり雑魚に分類される魔物である。
なにせ、街の地下――下水道に生息していても放置されるくらいだからな。
魔族としての身体能力があるから、齢十かそこらになる程度の俺でも、問題なく対処できる相手。
ノドを切り裂いて絶命させれば、赤い血がどくどくと溢れ出て動かなくなる。
これでよし、と思うものの。
問題はあった。
「……ああ、ナイフの刃が折れてる。昨日拾ったばっかりなのに」
久方ぶりの人間の武器は、一日も持たずに消えてなくなる。
やっぱり、武器として扱うならこっちのほうが無難だな、と思い俺は魔物鼠――正式名称は地下鼠だったか? こういう部分の原作知識はもう曖昧だ――の牙に手をかける。
んで、それをへし折った。
牙の長さは先程まで使っていたナイフと左程変わらず、使用感は似たような感じ。
頑丈さと切りつけやすさがトレードオフってところか。
「んじゃ……いただきます」
さて、本命はこの魔物の血。
切り裂いた喉元からあふれる血を、躊躇うことなく飲み下していく。
これが俺の、盗み等で他者に迷惑をかけない食事方法だった。
意外かもしれないが、味は悪くない。
魔族がどんな血でも飲めるようにできているから、というのもあるだろうが。
なんというか、飲むと力がみなぎってくるのだ。
暑い日にカラカラに乾いたノドを水で潤したときのような、そんな感覚。
それをこんな汚い場所の鼠から味わえるとなれば、なかなか悪くない食事方法である。
最初のうちは結構吐きそうだったけど、慣れたらこんなものだ。
魔族が血を飲む行為は相手を”取り込む”ものなので、ある程度血を飲むと飲んでいた相手は消滅する。
おかげで、死体を放置して下水道の衛生環境を悪くすることもない。
ただ、後のことを考えるともう一匹か二匹は狩っておきたい。
事前に回収したおかげで、消滅を免れた牙を手に、俺は再び下水道を歩くのだった。
+
下水道から家に戻るとき、嫌な予感を覚える。
普段ならちょっかいを駆けてくる野郎が、いない。
となると、もしかしたら――と考えてしまう。
アイツラが俺にちょっかいをかける理由は俺を玩具にしたいから――ではない。
俺は常にアイツラのことを無視しているから、そんなつまらない相手を玩具にする前にアイツラは飽きるだろう。
そうしないのは――俺の妹であるリリが、美しい少女だから。
だから俺達はああいう奴らに目をつけられているし、拠点が見つかりそうになる度に別の場所へ移るということを繰り返していた。
原作でも、そうだったのだ。
そしてリリは、原作では病気ではなく――人に襲われて命を落とす。
尊厳を踏みにじられ、物として扱われ。
魔族として命を落とす。
それが、この世界の普通だからだ。
だから俺は、急いだ。
もしもアイツラが俺の居ない間にリリの拠点を見つけていたらまずいことになる。
人と人の間を抜けて、途中、俺がフードの下に角を隠していると気づいて舌打ちをする人間を無視して、進む
段々と街の景色が薄暗い、人の寄り付かない場所へと変わっていき――
やがて、俺は家までたどり着く。
そこでは、
「――ア、ァ」
それが起きていた。
起きてしまっていた。
「イ、ギ……」
凄惨としか言えない光景。
見るも無惨な、それら。
俺は叫ぶ。
「リリ!」
この光景の中心。
これを生み出した――張本人に向かって。
「あ、お、お兄様!?」
俺がやってくるとは思わなかったのだろう。
リリはパっとこちらを振り向いて、赤面した様子で動揺している。
理由はきっと――
筋肉ムキムキのリリの手が、リリを襲おうとしていた野郎の顔面を鷲掴みにしているからだろう。
いや、それは正確ではない。
筋肉ムキムキマッチョマンな腕と化しているのは、リリの背中にある翼だ。
うん、そう。
リリは別に殺されそうになったり、人としての尊厳を凌辱されそうにはなっていなかった。
むしろ逆。
強くなりすぎたリリが、襲おうとした男たちを滅茶苦茶にしていたのである。
そりゃ、妹が狙われているのとわかっているのに家を開けるのは、普通なら失策だ。
原作だと、妹の居場所の隠蔽にリュシアンはかなり気を使っていたし、こんな気軽にでかける俺とは違う。
ただそれは、原作とはリリの現状が大きく異なるからだ。
今のリリは若干病弱なところはあるものの、健康そのものである。
理由は単純。
血を与えられているから。
俺は考えた、魔族は血を与えられれば強くなる。
飲みすぎると相手を殺してしまうが、多少ならば問題ない。
そして――あるではないか、リリが飲むことでリリの病弱さを解決できる血の持ち主が。
原作で後に魔神として覚醒する運命に在る、特別な魔族の血が。
――つまり、今のリリは俺の血を飲んで原作とは比べ物にならないほど強くなっている。
結果が、翼を変形させてムキムキになった腕で相手の顔面を鷲掴みにすることなのだが。
「う、うわぁああ!」
「あっ!」
ふと、俺が声をかけたことでリリの男を掴む力が緩んだのだろう。
何とか脱出した男は、命からがら逃げ出していく。
辺りには他にも二人男が居たのだが、彼等もまた同様に。
「ご、ごめんなさいお兄様。追いかけて殺しますか?」
「いや、あいつらはもう大丈夫だと思う、恐怖で完全に戦意を喪失してるからな」
「申し訳ありません、きちんと殺しておくべきでした。お兄様の敵なんて、この世に存在するべきじゃないのに」
ついでに、なんかだいぶ原作のリリと比べて凶暴だし。
後なんか俺に対する視線が妖しいし。
ちょっと原作は粉微塵になってるけど、……まぁ、リリが幸せならいいんじゃないかなぁ!
――
というわけで、悪役転生して無法する話です。
区切りの良いところまで続きます。
フォロー、レビューいただけると大変うれしいです。
よろしくお願いします!
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