セーラー服とタバコとギンナンの実と

藤泉都理

セーラー服とタバコとギンナンの実と




 黄葉した銀杏並木の中をゆったりと歩きながら想いを馳せて生まれた言葉は、ふたつ。

 ひとつは、まだまだ残暑というには厳しい暑さの中でも季節を感じさせてくれる植物への感謝。

 ひとつは、昔の思い出。

 たったの二か月かそこらの期間しか交流がなかったからだろうか。

 名前はおろか、顔すら覚えていない。

 覚えているのは、近所のおねえさんだったということと、会う時はいつもセーラー服を着ていて、両手には軍手をはめて、竹製のゴミ取り用トングを片手に、透明なゴミ袋を片手に持っていたということ。

 おねえさんは清掃部に入っていたのだろうか。

 またこんなところにタバコを捨てやがってと、いつも文句を言っていたような気がする。

 そうそう。健康を慮ったのか、財布を慮ったのか、今はタバコを吸う人が少なくなったのか、それとも単にお行儀がよくなったのか、偶には見かけるけれど、私が幼い頃よりは捨てられているタバコの数が格段に少なくなっているように感じる。


『お。今年も豊作だ。やったね』


 タバコを含むゴミを取り終えたおねえさんは、臭いと敬遠されていた銀杏の実を、竹製のゴミ取り用トングとは別の竹製のトングで嬉々として拾っていた。

 銀杏の橙の皮の部分を腐らせて、硬い種を露わにして何日か天日干し、硬い種を割ってから炒って、胚乳を食べるのだと、妙に詳しく説明してくれた。


「食べているのかしらね」


 銀杏並木の終わりまで歩いて、折り返し、また戻る。

 いつ掃除をしているのだろうか。

 つい数年前までは、自転車に乗っていても纏わりつく臭気を放っていた銀杏の実は、道路のどこにも落ちてはいなかった。

 靴や自転車のタイヤで潰されている銀杏の橙の実も、きれいでまんまるい銀杏の橙の実もどこにも落ちてはいない。


「臭いからどうにかしろと苦情でも入ったのかしらね。それとも。ふふ。おねえさんが独り占めしたのかしら」


 ゆっくり、ゆっくりと、来た道を戻り、銀杏の黄葉を慈しむ中、ふとほんの少しだけ腕を伸ばし、鈴なりに生っている銀杏の実のひとつに触れようとした時の事だった。


 素手で触っちゃだめよ。

 金切り声で言われてはびっくりして振り返るとそこには、


「お母さんかあ」


 日傘を差した母が立っていた。


「何よ。ひどく落胆した顔に声だこと。せっかく優しいお母さまが散歩に付き合ってあげようと思って来たのに」

「うん。まあ。現実ってこんなもんよね」

「何を言ってるのもう。銀杏の実に素手で触っちゃだめでしょ。かぶれるわよ」

「はあい」

「銀杏は鑑賞に限るわ。ほら。行きましょう」

「うん」


 私は母と仲良く横に並んで歩き出したのはいいのだが。


「いや。お母さん。歩くの早いし」

「暑いから早く帰りたいのよ。ほら。さっさと歩く歩く」

「………はあ。本当に逞しくお優しいお母さまだこと」


 すたこらさっさと歩き出してはどんどん距離を離していく母の後姿を見つめながら、私はゆったりと歩き続けた。


「まだまだ暑いけど、」


 汗がしとどに噴き出させる原因の湿気を多分に含んだ熱風の中に、僅かな秋の気配を感じたような気がしては、いっぽいっぽを軽やかに歩き続けたのであった。









(2025.9.8)


【経緯】


〇外に出ると銀杏の葉が黄色く色づいている事に気付く

〇そういえば最近、道に捨てられているタバコも少なくなっているような気がする

〇セーラー服のおねえさんを出してみたい

〇まだまだ残暑厳しいけれど着実に季節は進んでいると感じた事を書きたい

〇これらを組み合わせて完成




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セーラー服とタバコとギンナンの実と 藤泉都理 @fujitori

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