記憶の運び屋
紡月 巳希
第十七章
父の肖像
アオイは、重いノートを自室のデスクに置いた。表紙の「メメント・モリ」という文字が、月明かりの下で鈍く光っている。開くのが怖かった。この中には、今まで知りたかった真実と、向き合いたくなかった裏切りが詰まっているような気がしたからだ。
意を決して最初のページを開くと、そこには母親の筆跡で、こう書かれていた。
『親愛なるカイトへ。これが、あなたと私の最後の共同研究になるわ』
アオイは息をのんだ。母とカイトが、ただの友人以上の深い絆で結ばれていたことが、この一文だけで痛いほど伝わってくる。ページをめくるごとに、研究所での日々の記録が記されていた。
『彼は、私の知る誰よりも純粋で、記憶の研究に情熱を注いでいた。私たちは、研究者として、そして一人の人間として、惹かれ合っていった。』
その一文の下には、一枚の写真が挟まれていた。恋が始まったばかりの、若き日のカイトと、満面の笑みを浮かべた母親・菫の姿だ。木箱の中にあった写真と同じものだった。
アオイの胸が締め付けられる。自分がいなかった時間にも、こんなにも美しい二人の物語があったのだと、ようやく理解できたからだ。
しかし、次のページから、記録は暗い様相を呈し始めた。
『彼の才能を妬む者が現れたわ。私たちの研究成果を盗み、それを隠蔽するために、彼を研究所から追放した。』
アオイの心臓が不規則に鼓動する。その文章には、具体的な人物名が書かれていた。アオイはその名前を知っていた。
『私を欺き、カイトを貶め、記憶を悪用している張本人…私の夫、アオイの父親よ。』
アオイの手からノートが滑り落ち、床にばらまかれた。
信じたくなかった。愛する父親が、母親とカイトを不幸にし、人々から記憶を奪う「記憶操作協会」の中心人物だったなんて。
アオイの脳裏に、幼い頃に見た悪夢が蘇る。ノイズと、悲鳴と、そして…父親の顔。
真実は、彼女が想像していたよりも、遥かに残酷なものだった。
記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel
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