ギャルゲー世界に転生したのでRTA走法で最速攻略を目指したら、バグったヒロインに捕まった

速水静香

セーブ&ロード

「なんだ、ここは?」


 意識が浮上すると、見慣れない校門前にいた。目の前には半透明のウィンドウ。どうやら俺は、古典的なギャルゲーの世界に転生したらしい。


 その証拠にウィンドウには、『ようこそ、私立桜田学園へ。君の新しい学園生活が今、始まる』というものが表示されている。


 正直、ギャルゲーは専門外だが、どんな世界だろうとやることは一つだ。最速でエンディングを迎える。それだけだ。


「まずは環境調査からだな」


 俺はシステムの挙動から、この世界を推測する。このテキストの妙なもたつき、描画の甘さ。まるで内製の旧式エンジンかと思わせた。だとすれば、この世界のメモリ管理もガバガバだろう。ならば、やりたい放題だ。


 目の前のチュートリアルウィンドウ。丁寧なテキスト表示など待っていられない。俺は思考の速度でテキストボックスの表示とスキップをフレーム単位で交互に実行。意図的にレンダリングに負荷をかけ、バッファオーバーフローを誘発させる。


『ようこそ、私立桜田学園へ。君の新しい学園生活が今、始ま——始ま——ま——ま——§※@』


「よし、スタックは積めるな」


 文字化けは成功の証。メモリの特定領域が汚染され始めた。すかさず次のテクニックをインサートする。「サブフレームリセット」だ。1フレームという最小単位時間の中で、本来両立し得ない「選択肢の決定」と「キャンセル」の入力を同時に成立させる。これにより、スタックポインタを意図的にズラし、存在しないはずのメモリ番地を参照させるのだ。


1フレーム目:『パンは好きか?』

2フレーム目:『ご飯は好きか?』

3フレーム目:『いや、麺類だ』


4フレーム目:『壁は好きか?』 ← 解放済みメモリ領域へのポインタが参照したゴミデータ


「なんだこの選択肢!?」


 想定外の文字列に一瞬思考が乱れる。その0.016秒の遅れが命取りだった。俺の思考入力は、本来NULLのはずのポインタが指し示した不正な選択肢を幻視し、決定してしまった。


『選択:壁は好きか?』


「あっ、やべっ!」


 画面が白くフラッシュし、俺の意識にゴミ情報らしきものが流れ込む。


『Event Table: No.256 = NULL』

『Set Flag: No.256 = TRUE』


 イベントテーブルに存在しないフラグを強制的に立ててしまった。もはや、どんなバグが起きるか予測できない。


 静かな声と共に、一人のヒロインが現れた。黒髪ロングの清楚な美少女。しかし、彼女は校舎の壁を、うっとりとした表情で壁を見つめていた。


「壁さん、おはようございます。今日も、なんて素敵な質感……」


 テキストウィンドウに彼女の名前が表示される。


『壁山(かべやま)コンクリ』


「ヒロインの名前が壁山コンクリ!? しかも壁に話しかけてるぞ!?メモリが破壊され、バグっているのか!」


 完全に理解不能な状況だ。俺は状況をリセットするため、次の技を試すことにした。


 俺はその場で、メニュー画面を開く→キャンセル→開く→キャンセルという行動を高速で繰り返した。意図的にメモリ領域に負荷をかけ、メモリデータをリセットする荒業だ。


「あの、大丈夫でしょうか?」


 心配そうな声に振り返ると、そこにいたのは金髪ツインテールの、絵に描いたようなツンデレ系ヒロインだった。これだ、これこそギャルゲーの王道!

 しかし、俺のメモリ破壊は、既に彼女の好感度パラメータを汚染し始めていた。


『天王寺(てんのうじ)パルシェ 好感度:0 → 8 → 64 → 255 → -1 』


「え……?」


 好感度の数値がマイナスに振り切れた瞬間、パルシェの顔から血の気が引いた。


「きゃああああああ!変態!痴漢!この害虫!近寄らないでくださいまし!」


 彼女は俺を汚物でも見るかのような目で睨みつけ、絶叫しながら逃げていった。


 もはや正攻法は無理だ。俺は屋上の生徒会長に会うため、移動コマンドを実行。屋上を選択する――。


『あなたは壁の中にいます』


 バグっているメッセージが表示される。


「は?埋まった!?」


 コマンドの参照位置はすでに機能していないようだ。俺は校舎の壁の中にハマってしまった。終わった。そう思った瞬間、壁の中から声がした。


「……やっと会えたわね、私の運命の人」


 声の主は、壁山コンクリ。彼女は壁の中にいることになっており、その場にすっと現れ、俺に微笑みかけている。


「あなたも、壁が好きだったのね。壁の中から出てこないなんて、相当な愛好家だわ。嬉しい……」


『壁山コンクリ 好感度:999』


「好きなわけねえだろ!」


 俺は最後の手段、禁断の大技に手を出すことにした。


 任意コード実行。エンディングへ直接飛ぶという、最終奥義だ。

 ちなみにこの技はあまりに強力なため、これを使用したら、通常のany%としては扱われない。別のレギュレーションとして隔離されるのが、この界隈での常である。


 俺は壁の中でセーブ&ロードのメニューを使い、セーブデータのファイル名入力欄を頼りに、エンディング直行の機械語を16進数で直接打ち込んでいく。ロード時にファイル名がメモリの特定アドレスに展開されるのを利用して、プログラムカウンタを強制的に書き換え、エンディング関数を直接実行するのだ。


『季節:春→夏→-1→壁』

『学年:1年→2年→-3年』

『卒業フラグ:-1』


 世界がぐちゃぐちゃに混ざり合い、時間と空間の概念が崩壊していく。


 そして――


 気がつくと、俺は真っ白な、何もない空間に立っていた。


 目の前には、俺を蛇蝎の如く嫌う天王寺パルシェと、恍惚とした表情で壁(何もない空間だが)を見つめている、壁山コンクリ。そして、まだ出会っていないはずの、無数のヒロインらしき女子生徒たちが、無表情でこちらを見ている。


 どうやらエンディングのようだ。

 エンディングが始まったため、タイマーはストップされた。

 この世界に転生から、わずか5分14秒。


 初めてのタイムとしては悪くないのかもしれない。

 だが、これはまだ初回プレイ。


 まだまだ、タイムは短縮できるはずだ、俺は世界をリセットさせ――

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