バ美肉おばさんは話を聞く⑯

しばらくしてGYXさんが配信をするという連絡が来た。

GYXさんから直接メッセージが来たんだけど、本物なんだろうか。

まあ、普通に動画配信サイトにライブの予告があったからリマインダー登録をしておいた。

何を話すんだろうか。

あの配信でコメントをもらった以外に接点はないはずなんだけどなぁ。


「こんばんは、GYXです」と始まった動画配信に出てきた人は、以前雑誌で見た時とは風貌が変わっていた。

結構丸い顔をしていたのに、げっそりとやつれ、無精髭を生やし、青黒い顔で目の下にはクマができていた。

正直なところ病人にしか見えない。

「誰?」「無理すんな」などのコメントが流れていた。

GYXさんはそのコメントに返事をする気はないようだった。


「本日は僕から見た開発裏話をします。守秘義務なんてガン無視します。関係者がいて、訴えたいなら好きにしてください。ですので是非見ていってください」


社長さんはいないし、会社も潰れたからって守秘義務を守らなくても良いの?

でも、なんか覚悟があるんだろうな。

誰かとの対談ではなく、一人で淡々と語るようだ。


「僕は社長のそばでフレデリカ様を見てきました」と、語り始めた配信は想像していない方向へと話が進んでいった。


「あのゲームは存在自体が奇跡でありながら、同時に呪いそのものでもあるんです」


いきなり、よくわからない方向だ。


「僕は主に攻略対象のプログラミング担当でした。社長の仕様書通りにモーションを作って声を入れてと、モーションアクターや声優の方々と会っていました。そんな中、社長は一切モーションキャプチャも声を録ることもしていませんでした」


素人の私が聞いていても異常なことがわかる。

じゃあ、フレデリカの声や動きってどうやってたの?

そのあたりは水面下で進めていたんだろうか。


「校舎などのオブジェクトは前作の物を、今にあわせて整えるくらいでしたので、すぐに終わっていました。えぇ、すぐに終わったので、その担当者は他の人の手伝いをしていたくらいですよ」


なんで、すぐに終わったってことを繰り返したんだ?

ここまででも「?」だらけのコメントで埋め尽くされた。


「社長はいつも画面越しのフレデリカ様と何やら話しながらプログラミングしてました。いつも楽しそうに笑いながら」


あぁ、社長さんならそうしていそうだ。

フレデリカへの執着、すごかったもんなぁ。


「異常に気がつくのにそれほど時間はかかりませんでした。だって、フレデリカ様の表情、動き、セリフが多彩になっていくにつれ、ファイルサイズがどんどん小さくなっていくんです。社長にその異常さを聞いたことがあるんですよ『何でこんなにファイルサイズが小さいんですか?何か特殊な圧縮方法を使ってるんですか?』って。『私が魂を込めて作ってますから』って返ってきました。その時は、そんなに心を込めて作ってるんだとしか思ってませんでした。特殊な圧縮方法ならなんかの特許に引っ掛かるのかもしれないとも思っていました」


これって聞いて良い話なの?なんかすごくヤバい話を聞いてるんじゃないの。


「あの配信を見て技術者の人は購入してディスクの中身を見ましたよね?僕の心を折ったプログラムの中身を見たいですよね。一つ、ファイル名が文字化けしている大した容量のない謎のファイル、ありましたよね。どんなエディターを使っても中が見られないファイル、ありましたよね。フレデリカ様はほぼ素体だけのデータしかありません。そしてその謎ファイル、その二つだけがフレデリカ様の全てです」


ここまで私が理解できる話は多くない。


「……あった、拡張子も文字化けしてた」

「あのセリフの量はどういうこと?」

「キルムーブの多彩さはあんな容量じゃありえない」


ただコメント欄の荒れようをみていればその異常さがわかる。


「ハハッ、そんな容量のデータだけで僕が作ってきたあらゆるキャラクターたちを遥かに、圧倒的に超えた表情を見せるんですよ。社長が言うところの憎悪のこもった目、殺意に歪んだ顔、最後に救われた時の笑顔、僕にはあんなの絶対に作れないと思いましたよ。これが呪いの意味の一つです。あれを見てしまったプログラマーを再起不能にするんですよ。だって、どんなに努力しても絶対に届かない遥かな高みを見せられたんですから」


GYXさんは自嘲するように薄く笑った。


「テストプレイをしますよね。その時に初めてキャラクターやオブジェクトが変化することを知りました。オブジェクト担当にそのことを聞いても首を振るだけでした。そんなテクスチャのデータなんて誰も作ってないし、どこにもないんですから。もちろん、キャラクター担当の僕だってそんなの作ってません。社長に聞いてみたら『フレデリカ様が世界を変えるんですよ』と当たり前のように答えるんです」


あの、悍ましい変化はフレデリカが起こしていたってこと?


「テクスチャなしでどうやって?」

「いやいや、何言ってんの」

「テクスチャのリアルタイム生成?あれオフラインゲーだよね」


これは、どう理解すればいいんだろう。


「エンディングのフラグの話は社長が配信で話した通りです。エンディングフラグはたった一言『フレデリカ様に愛を』だけでした。わかりますか⁉︎好感度とかのパラメーターでフラグが立つんじゃないんですよ。日本語で書いてあるんですよ。プログラムを勉強している人なら、それがどれほどおかしいことかわかると思います」


プログラムの勉強なんてしたことなんてない。

大体のゲームは好感度やフラグ管理をしていることくらいは知ってる。

だから、それが異常なことなのはよくわかる。


「自然言語でのフラグ管理?」

「愛ってそんなのどうやって判断すんの?」

「いつからあのVR機器は感情を理解できるようになったんだ」


疑問だらけだけど、GYXさんはそれには答えない。

そもそも社長さん以外に答えられる人がいるとは思えない。

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